魔王に恐れられた隠しキャラ

千歳ぎつね

第1話 プロローグ

 俺ははるか上空から、二人の戦いを見ていた。



 俺はこの場所を知らないが、この二人のことは少しだけ知っている。

 人間ではない、魔族だ。


 一人は魔王サタン。

 黒い短髪に二本の巻角と漆黒の翼以外は人間に近い姿をしている。ザ・ラスボスに相応しい風貌だ。パッケージデザインの後ろにも載っていた。

 サタンは、その漆黒の翼を駆って空を舞い、凶悪な魔法を連発している。大地にクレーターを作る程の威力で、実際に目にするとゾクリと、震えてしまう。


 そのサタンと対峙しているもう一人は、俺が人物だ。長めのふわふわとした空色の髪が特徴的な、確か…エ、エオ、エオ何とかさんだ。プレイヤーに道を示してくれる、ミステリアスでカッコいい重要なキャラで、俺は相当好きなんだが、物語にちょっとしか出て来ないから名前がパッと思い出せない。

 キャラだったのに、ド忘れしてしまった。

 だってこの人、作中で全然名乗らないんだ。

 このエオ、エオさんは、翼も無いのに空を自由に舞い、詠唱もせずに風を自在に操って、サタンの超魔法を受け流し、暴風を以って対等に渡り合っている。



 何で俺は、ここでこの二人の戦いを見ているんだろうか? 夢か? 特等席で見れるのは嬉しいんだが…。



 魔王サタンとエオさんの戦いは拮抗していたが、ここで邪魔が入った。


 エオさんの背後から、巨大な風の剣が彼の背中を襲ったのだ。サタンとの攻防に必死でエオさんは気づかない。その凶悪な一撃は、エオさんの背中を切り裂いた。さらにそこに、サタンの放った黒い閃光が上空から降り注ぐ。エオさんは何とか躱すが、もはや趨勢は決したかもしれない。


 二人の戦いに割って入ったその魔族は、これ見よがしにサタンの隣に降り立った。こいつも知ってる。魔王軍の四魔将軍の一人として登場したフリーグス。エオさんと同じく、風の魔法を使うボスの一人だ。


 何やら、サタンがエオさんに話し掛けているが、上空の俺には何を話して言るのかは分からなかった。サタンがおもむろに、エオさんに向かって右手をかざし何事かを呟く。

 すると、エオさんの後方に人一人大の真っ黒な穴が開いた。フリーグスが近づき、エオさんの身体を穴に向かって蹴飛ばした。


 あっ! あの野郎!!


エオさんはダメージが深刻で抗えなかった。そのまま真っ黒な穴に呑み込まれてしまった。

 

 最後、穴に呑み込まれるエオさんの顔が、凄く悔しそうに歪んでいたのが見えた。

 どうやら俺は、この戦いを見ながらエオさんに感情移入していたようだ。俺も無性に悔しくなってしまった。

 


 

 夢ではあったけど、俺が考えた重要キャラの、貴重な隠しイベントが見れた気がした。なんて思っていると、同時に、俺も真っ黒な闇に呑みこまれてしまった。




◇ ◇ ◇




 俺は、久しぶりに熱中するゲームに出会っていた。


 

 〈人魔英雄物語〉という、何だか古臭い名前の中世ファンタジーRPGだ。

 このゲームのPVを初めて見た時は、どうせまたPV詐欺の、やったら一時間と持たずに飽きるゲームなんじゃないの? なんて思っていたんだけど、いつの間にやら俺は、そのゲームをダウンロードしていた。

 

 その出来のいいPVにまんまと踊らされてしまった訳だ。…というのは冗談で、一年前、このゲームに登場するNPCのキャラデザ公募があった。

 

 そこで俺の描いた下手くそな一枚が選ばれてしまったんだ。世間には俺の恥ずかしい絵が出回ってしまった訳だが、嬉しさの方が大きかったのでいいんだ。

 

 その時の賞品の一つとして、このゲームを貰ったという訳だ。俺の後ろには、イラストレーターさんが描き直してくれたキャラクターが飾られている。一年前の時点だから名前は無く、イラストは別次元のカッコよさを誇っている。

 

 

そして俺は今、 発売日当日の深夜二時、ゲームをダウンロードしてから今の今まで、二四時間ぶっ続けでプレイしている…途中だ。明日も仕事が休みだからこその芸当だ。

 

 まだやれるが、ちょっと休憩しよう。

 

 

 グラフィック重視のゲームは途中で飽きるし、育成要素の薄いアクションRPGもなかなか続かなかった。そんな中、このゲームはその二つを兼ね揃えていたんだ。

 グラも良く育成要素も濃い、おまけに味方AIも優秀。まあ、要は俺の琴線に触れたってことだ。

 

 物語の設定はめちゃくちゃオーソドックスだが、俺はこういうモノを待っていたんだ。

 ゲームをプレイしてみると、意外と複雑なお話があったりした訳だが、それはどんなゲームでもそうだろう。


 〈人魔英雄物語〉、簡単にこのゲームを説明すると、魔界からやって来た魔王軍と、地上を守る人間界の英雄達との、地上を賭けた壮大な争いの物語だ。

 

 俺達プレイヤーは、主人公となる十人のプレイアブルキャラから、一人を選んでゲームをスタートさせる。

 王侯貴族、学園に通う平民、村娘、蛮族の少年、義賊など、出自は様々で、どの主人公のルートでも、魔王軍とは衝突する運命…なのかはまだ分からない。

 公式の情報では仲間に出来るキャラクターは、固有のNPC100人に、能力がランダム設定なNPCなら幾らでも登場する。

 

 物語のボリュームはそこそこだが、キャラの育成が楽しいのと、ちゃんと強化していかないと、魔王軍が強くて詰まってしまうのだ。

 だから、まだ一人しかクリア出来ていない。

 しかも飛ばし気味で、だ。

 各イベントの進行も程々、各地にいるボスを倒し切っていないし、四魔将軍も二人しか倒していない。ラスボスの魔王を、ちょっと無理して倒してクリアしただけだ。

 

 何でそんなプレイをしたかって? それは当然、他にも九人分の物語が待っているからに他ならない。楽しみは少しでも残して置きたいからね。

 

 SNSをチラリと確認してみたが、どうやら俺みたいに一日中やっていた屈強なプレイヤーも、似たような進行状況だった。

 そうだよな。

 その情報を見て安心した。これで何人もクリアしたぞ! なんて猛者がいたら素直に称賛する。



 俺がゲームを振り返りながら休憩していると、突然、画面の端にDLCが来たよ、と小さなポップアップが表示された。


 ん? 今? アプデか? そう思ったのだけど、表示にはっきりとDLCと書かれている。何だろうな? とネットで調べても出て来ない。しかも、DLCは勝手にダウンロードが始まってしまった。


 「あっ。勝手に始めるなよ!」


 俺は思わず止めようとして、DLCのポップアップを連打した。が、ソレは止まることは無く、代わりに、モニターにDLCの概要を大きく映し出した。

 

「おお!!? こいつプレイアブル来るの!? お助けキャラじゃなかったの?」


 そこには、《New Payable》と書かれた上に、名前の記載がない一人の男性キャラが描かれていた。ふわふわとした空色の長めの髪が特徴的な、どこか顔に陰りがあるイケメン。白い肌と尖った耳が、エルフか魔族と一目でわかる。



 このキャラ…マジか。



 ゲームが進行すると、各地を放浪するキャラクターとして出て来る。一人で魔王軍と戦っていたり、主人公が接触すると魔王軍の情報を渡してくれたり、強くなるにはどこどこに行け、など情報をくれるお助けポジションなキャラだ。

 公式から、このキャラクターは仲間になりません。と明言されているキャラだったりする。

 因みに、俺が送った例のキャラデザのやつだ。

 

 プレイ中、ちらちらとSNSの反応を見ていたんだけど、このミステリアスキャラの人気はかなりのもので、絶対に仲間にする! と、出来もしないことを意気込んでいたプライヤーが相当数いて、ほとんどのプレイヤーはこいつのことを隠しキャラと言って楽しんでいる様子だった。

 一度だけ一緒に戦うイベントがあって、こいつの戦い方と強さを見れば、そりゃ誰だって仲間にしたくなる。

 最早、俺の考えたデザインとは思えないキャラになってしまったけど、一応生みの親として凄く嬉しかった。


 そんなDLC情報で感慨に耽っていると、もうダウンロードが終わりそうな所まで来ていた。


 …95、96、97。


「勝手に始まったけど許す。折角だし新キャラでやってみようかな」


 98、99、


「こいつの名前何だったっけ? えーと」


 100%。


 選択画面で分かるだろ。そう思った時だった。

 

 モニターが暗転して、俺の意識も暗転した。

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