第14話 それからのこと③

 


 それから一週間後、光一は登校を再開した。


 前もって光一から話をきいていた佑月とりくは、登校初日は玄関口で待機して彼を待っていた。

 校舎に足を踏み入れる光一の姿を目にした瞬間、安堵とそれ以外のさまざまな感情が入り混じって胸が震えた。

 クラスメイトをはじめ、久しぶりに光一を目にした周囲はとても驚いていた。


 逃げ出すことを選ばず、現実という荒波の中に再び飛び込んできた光一は誰よりも強くて勇敢で、かっこよかった。

 そんな親友に、言葉にして伝えることはないけれども、佑月は尊敬の念を抱いている。


 光一は通学を再開したものの、やはり電車通学にはまだ抵抗があるそうで、しばらくは彼の家族のフォローを受けながらの登校になるそうだ。


 例の噂は、光一本人の口から直接真相が語られたことで次第に落ち着いていった。

 そして最近では、どちらかというと光一よりも佑月の噂のほうが学園ゴシップとして生徒たちのあいだで取り沙汰されている。

 


 佑月たちが移動教室のために廊下を歩いていると、周囲の生徒からちらほらと露骨な視線を感じた。

 隣を歩いていた光一もそれに気付いたようで、不快そうに眉を寄せている。


「あのさ佑月。……いくら校内にはアルファがいないからって、首輪ネックガードを取るのはやりすぎなんじゃないか?」

「だって、首が蒸れるし、重いし。学校の外ではちゃんと毎日着けてるよ?」

「いやそれは、そうだろうけどさぁ……」


 はあ、と光一がため息をつく。

 斜め後ろで、りくがくすくすと肩を揺らしている。


「ゆづちゃんったら、思い切ったことするよね~。これだけ噂が広まっちゃったら、もう今更着けても着けなくても変わらないよ。ふふ、見事にこーちゃんの噂を消しちゃったねぇ」

「……佑月を犠牲にしたみたいでオレは胸が痛むんだけど」


 佑月は友人二人の視線を受け止め、にやりと口角を上げた。白シャツの襟元をつまんでわざとらしくぱたぱたと風を送る。


「首輪を外してるとさ、やっぱり首は軽いし、涼しいし? よく4年も我慢してたなぁと思うんだよね。もう僕戻れないかも~っ」


 大きく伸びをしながら、冗談めかして佑月がそう口にすると、光一は再びため息をついていて、りくも苦笑している。

 今日も登校してきてすぐに首輪を外してしまったので、シャツの襟元からは鎖骨だけが覗いているはずだ。


 ――光一の勇気ある行動に感動した佑月は、自分も過去を隠すことをやめた。

 学園にいる間だけ首輪を外すようにしただけで、周囲は勝手にあることないこと噂をはじめてくれて、効果は絶大だった。


 クラスメイトたちにはうなじを見せた上で、ありのままを伝えたので、そこからじわじわとまた噂が広がり、今では佑月の過去は学園中の生徒が知るところとなっている。


「佑月はともかくさ。……りくはいいのか? オレたちといて大丈夫?」


 光一が背後を振り返って訊ねると、りくは化学の教科書を抱きしめたまま不思議そうに首をかしげた。


「ふぇ? どういうこと~?」

「学園中の噂になってるオレらといたら、りくまで何か言われそうじゃね? 親とか知り合いとか心配しない?」


 光一の心配するところを察したりくは、すぐにふんわりと微笑んだ。


「大丈夫だよ。何を言われても、ぼくの大事なものは決まってるもの。ゆづちゃんに出会えたことも、こーちゃんと仲良くなれたことも、ぼくは宝物みたいに思ってるからいいんだよ」

「もう……っ、りくちゃんってなんでそんなに天使なの!? 僕泣きそうだよっ」

「オレも。今めちゃくちゃりくを拝み倒したい気分」

「はんにゃーはーらーみーたーしー」

「いや待て、佑月がやると違うんだって。それ葬式じゃん?」

「あはははっ」


 ふざけあいながら、廊下を歩いていく。

 もう三人でこの校舎を歩くことはないかもしれないと悲しみに暮れた日々を思い出し、佑月は戻ってきた日常の尊さを噛みしめていた。


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