第7話 デート②
「ジュンさん? ねえ、どこに行くんですか?」
行き先を教えてくれないジュンの背中に問いかける。
彼は振り返り、意味深に微笑むと、佑月の右手をそっと握った。
手を繋いだまま、道沿いにある小さな公園へと足を踏み入れる。ペンキの剥げたベンチにふたり並んで腰を下ろした。
「ねえ、佑月くん。――オレのこと好き?」
きらきらと光を揺らす淡い色の双眸にまっすぐに見つめられる。
ジュンの声はいつも以上に甘ったるい。オトナっぽい色気が彼の全身から漂っていて、ドキドキが止まらない。
「え? う、うん。大好きです……っ!」
唐突な質問に焦ってしまって、言葉が舌の上でつっかかった。――なにこれすごく恥ずかしい!
頬を赤らめ返答した佑月をどう思ったのかはわからないが、ジュンは「嬉しいよ」と涼しげに微笑んだ。
「じゃあ、佑月くん。……オレのお願い、きいてくれる?」
「お願いですか?」
「うん。オレのトモダチに佑月くんを紹介させてほしいんだよね。今日この近くで待ち合わせてるから、これから向かってもいいかな?」
「え……あ、うんっ。もちろんです!」
予想していた展開とはちょっと違った。落胆半分、期待半分でそれでも佑月はうなずいた。
ともだち……友達を紹介してくれるほど、彼は佑月に本気だという解釈でいいんだろうか?
(それってめちゃくちゃ嬉しいしっ)
恋が実りそうな気配に心がふわふわと浮き立つ。
ジュンのトモダチというのはどんな人たちなのだろう。彼と同様にお洒落なアルファだろうか。佑月から見たら、きっとみんな年上だろう。
すぐにでも向かうのかなと思ったのに、しかしジュンはなかなかベンチから立ち上がろうとしない。
どうしたのだろう、と佑月がそっと彼の顔を覗き込もうとすると、伸びてきた長い腕に身体ごと引き寄せられた。
「ひゃ……っ、じゅ、ジュンさん!?」
「少しだけ、こうさせてくれる?」
耳元でジュンが低く囁く。甘いムスクが濃厚に香る。
彼の胸に抱かれ、身体をすっぽりと覆われて、現状を把握した頭はショート寸前だった。
突然の展開にどうしたらいいのかわからない。
――生まれて初めての、好きな人との抱擁だった。ドキドキして、全身が沸騰しそうで、頭の中がぐるぐるする。
夢みたいに甘い現実にふわふわと酔っていく。…………だけど佑月が幸せな夢気分を味わえたのは最初だけだった。
じわじわと身体の底からせり上がってくる不快感。邪魔なそれを意識の外に追い出そうとしても、どうしてもできなくて。
皮膚の下を巡る不愉快な感覚に耐えきれなくなった佑月は、泣きたい気持ちでジュンの体温をそっと押し返し、彼との間に距離を取り戻した。
「佑月くん?」
「あ、ごめんなさい。……恥ずかしくて」
「まさか平気なの?」
「え?」
至近距離で見つめあう。ついさっきまで漂っていた甘い雰囲気は霧散していた。
佑月が彼の言葉を掴みきれていないのと同様に、ジュンも何かを把握しきれていないような、そんな顔をしていた。
呆けたような彼の表情はレアだ。しかしどんな顔であっても、佑月の好みど真ん中であることに変わりはない。
ジュンは不思議そうにしばらく佑月の様子を観察してきたが、やがて首をかしげて「うーん」と困ったように唸り声を漏らした。
「佑月くん、きみは……」
「なんですか?」
「――いい、何でもない。やっぱり今日、オレのトモダチに会わせるのはやめておくよ。またの機会にしよう」
「ふへ……?」
「用事を思い出しちゃってさ、悪いんだけど今日はこれで解散ね?」
わけがわからないまま、その場でジュンを見送った。
(……え、トモダチに紹介は? 近くまで呼び出してるのに延期でいいの?)
不可解なジュンの行動に何度も首をかしげながら帰路につく。――その日以来、ジュンとはあまり連絡がとれなくなった。
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