第3話 初恋②
それからSNSアプリを通じてメッセージのやりとりが始まって、二人でデートするのは今日で二回目だった。
私服も格好良いが、制服姿のジュンだってとんでもなく神々しい。
県内でもトップレベルの高校の、その中でも間違いなくトップレベルのアルファの男が目の前にいる。東雲英明学園は別名「アルファ校」。アルファ性の優秀な生徒が多く在籍することで有名な学園だ。
イチゴ味のチョコレートでコーティングされたドーナツに手を伸ばし、佑月は一口それをかじった。甘くておいしい。オレンジジュースの入ったグラスの外側には水滴が浮いてきていた。
目線を上げると、こちらを見つめるジュンと視線が絡んだ。
彼の手元にあるアイスウーロンティと同じ色をした双眸が佑月を映して、細められる。
「佑月くんって本当にオメガ性なの? 不思議なくらい、オメガの匂いがしないよね」
ふと、ジュンはやんわりと首をかしげて、そう口にした。
――ドクン、と心臓が嫌な音たてて止まりそうになる。
ふわふわと夢見心地だった世界にひびが入って、佑月は幸せな恋の世界から現実へと引き戻された。
慌てて表情を取り繕う。まるで意外なことを言われましたとでもいうように、佑月は大袈裟に目を丸くした。
「そうですか? 去年バース検査を受けた時に、オメガ判定は出てるんですけど……もしかしたらまだ、僕の身体はお子さまなのかもしれないです」
「そうかもしれないね。成熟には個人差があるっていうから」
「身体がお子さまな僕は、ジュンさんには相応しくないですか?」
「ええ? そんなことはないよ。まだ中二とは思えないくらい佑月くんは綺麗だし、とても魅力的だよ」
真正面から甘い言葉を囁かれて、照れてしまう。
――ああ駄目だ、もっとうまく恋の駆け引きをしたいのに、彼にも好きになって欲しいのに、どうしたって佑月ばかりが翻弄されてしまう。
佑月は赤い顔で俯いて、もじもじと指先を見つめていた。
するとジュンがテーブルの向こう側から身を乗り出してくる。内緒話をするように声をひそめて、彼はそっと提案した。
「このあと、二人きりになれる場所に行かない?」
「……えっ」
顔を上げた佑月の目の前で、アルファの男が色っぽく微笑する。
全身が茹で上がりそうだった。羞恥と歓喜でおかしくなりそうな頭で、佑月は一生懸命に考える。
(二人きり。ふたりきり。――これってまさか、キスとかそれ以上とか誘われてるっ?)
ひゃあー!と叫んでしまいたい衝動を必死でこらえる。
ああ、このままジュンについて行きたい。すっごく行きたい。
すごくすごく彼の誘いに乗ってしまいたい…………でも、それができない今の自分に歯噛みしたい気分だった。
佑月は膝の上で両手を固く握りしめる。
胸の中で、佑月の本心が大声をだして地団駄を踏んで暴れまくっているのがわかる。ああもうどうして、この誘いを断らなくてはならないのだろう。
佑月は泣きたい気持ちだった。「すごく、行きたいんですけど……」と残念なのが伝わるように、俯きがちにジュンに返答した。
「電車の時間もあるし……僕、そろそろ帰らなくちゃいけないんです。うち、門限があるんです」
「門限? 何時?」
門限なんて真っ赤な嘘だった。
だけど、他に適当な言い訳も思いつかなかったので、店の壁にある時計を見てそれっぽい時刻を口にする。
「えっと、七時です」
「……そっか。それは残念。佑月くんといると、時間があっという間なんだよね。次回は期待してもいい?」
ジュンは信じてくれたようだった。テーブルの上から身体を退いて、長い足を組み替えている。
彼も残念そうな素振りをみせてくれるので、佑月はそれだけで嬉しくなってしまって、後先考えずに力強くうなずいてしまった。
「はい! もちろんですっ」
麗しのアルファの男は可笑しそうに肩を揺らして、琥珀色の瞳をきらめかせる。
「あは、嬉しいよ。……じゃあ次は、もう少し時間に余裕がある日にデートしよう?」
そのあとは駅まで送ってもらって、ジュンとは別れた。
佑月は混みあう電車に乗りこんで、ため息をつく。学校指定の鞄を抱きしめて、がっくりとうなだれた。
(はああああ~~~~。すっごくいきたかったよぉ~)
悔しい。悲しい。苦い感情が胸中に渦巻いていた。
……去年の夏にヒート事故さえ起こさなければ、今日あたり、もしかしたらジュンとキスができたかもしれないのに。
列車はまだ発車しない。制服やジャージを着た学生や、くたびれた様子の大人たちがどんどんと乗り込んでくる。佑月は壁際に寄り、もう一度ため息をついた。
(重すぎるハンデだよなぁ、この身体って)
例え好きな人といい感じになったとしても、気持ち一つでえいやっと一線を越えることのできない現状には理不尽なものを感じてしまう。
青春と呼べる時間は今だけだ。十代限定のきらきらした時間はもう始まっている。
せっかく容姿にも恵まれ、アルファを誘惑できるオメガとして生まれたというのに、こんな身体では自由に恋を楽しむことなんてとてもできない。
ジュンと気持ちを通わせることができたとしても、今のままでは恐らくキス以上は控えたほうが良いのだろう。
キスだって、もしかしたら駄目かもしれない。耐えられないような苦痛を伴うのかもしれない。今の自分が楽しめるのは、健全で不自由なお子さまの恋だけなのだ。
(……あいつが僕のうなじなんて噛まなければ、こんなことにはならなかったのにっ!)
列車の窓にはしかめっ面の佑月が映っていた。不機嫌な顔をした自分にため息をついてから、佑月は鞄からスマホを取り出して、列車の発車時刻を待ち続けた。
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