半分だけ特別なあいつと僕の、遠まわりな十年間。
深嶋
第一章 「中学一年生、夏」
第1話 希望のかけら
――ああすれば良かった、こうすれば良かった、と。
振り返ればそこにはいくつもの分岐点があったと気付くのだけど、当時の自分には見えていなかったのだから仕方ない。
無知だった。子供だった。未熟だった。…………それを運命と呼ぶことは、まだできなかった。
*
「きみ、モデルとか興味ないかな?」
まぶしすぎる真夏の日差しが降り注ぐ、ある日の下校途中。
駅前にある交差点を渡ろうとしていた時、そう声をかけてきた見知らぬ細身の男に
一緒に下校していた同じクラスの友人が、隣ではっと息をのんだ気配がある。
(モデル。……モデルって僕が?)
声をかけられているのは間違いなく佑月だった。
整った顔立ちに生んでもらったという自覚はあるし、話しかけてきた細身の男は熱心に佑月を見つめていた。
佑月は相手をしげしげと見つめ返し、「うーん」と顎に指先をあてて考え込む。
「あの。一つ質問してもいいですか?」
「うんうん、いくらでも。何だろう?」
サングラスをかけた、細身の男がテンション高めに反応する。
「モデルって稼げますか?」
「そりゃ、売れれば稼げるよ! もしかして興味ある感じ?」
「少しだけあります。中学生でも稼げますか?」
「そりゃもちろん! きみ、ちなみに今いくつなの?」
「12歳です」
「12歳ってことは中一? もしかしてバース検査はまだこれから?」
「今ちょうど、結果待ちの状態なんです」
「そうなんだね。じゃあバース検査の結果が出て、親御さんの了承を得られたら、ここに連絡してもらえる? 連絡くれるの待ってるから」
細身のサングラスの男から名刺を受け取って、手を振りあって別れた。
もらったばかりの紙切れを矯めつ眇めつ眺める佑月に、隣で様子を見守っていた友人の
「佑月くんすごくない⁉ 今のスカウトじゃんっ。すっげー、佑月くんモデルになんの⁉」
唾を飛ばす勢いでしゃべりかけてくる戸谷に、佑月は小さくはにかんだ。
ねっとりと全身にまとわりついてくる夏の熱気。
白い半袖シャツが肌に貼りつく感触が気持ち悪い。額ににじむ汗を左手の甲で拭い、佑月は半袖シャツの襟元をつまんでパタパタとシャツの中に風を送る。
「興味はあるけど、まだわかんないってば。あ、みんなには内緒にしてね?」
「でも今のスカウトだろっ? チャンスじゃんか!」
声をかけられた佑月よりも戸谷のほうがよっぽど興奮している。
「すげーよ」を連呼する戸谷をなだめ、佑月は自分の口許に人差し指を立てた。
「やってみたい気持ちはあるけどさ、母さんに許可もらえるかわかんないし。……でも僕もみんなみたいにスマホ早く欲しいし、お洒落な服も買いたいし、だから早く稼げるようになりたいんだよね」
「そういえば佑月くん、まだスマホ持ってないんだっけ」
いまどき珍しいよね、と不思議そうな顔をする戸谷に佑月は肩をすくめ、あっけらかんと答えた。
「うん。うち、ビンボーだからさ」
見目は良く生んでもらったけれど、神様が佑月に与えたものはそれだけだ。
パリッとアイロンのきいた半袖シャツを着て、有名スポーツブランドの真新しいスニーカーを履いている戸谷は、無害そうな笑顔で「親に頼ろうとしないなんて、佑月くんてやっぱりかっこいーよな!」なんて口にしている。
佑月は一瞬言葉に詰まったけれど、「そんなことないよ」と笑って否定してから、「じゃあまた、明日ね」と戸谷に手を振った。
後ろは振り向かず、目の前にあった歩道橋を駆け上がる。
今日の夕飯はどうすればいいかな。――この名刺は自分の希望になりうるだろうか。
一段飛ばしで階段を昇っていく佑月を、真夏の日差しがぎらぎらと照らしていた。
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