転生AIは愛の夢を見る~人形に異世界転生!?愛ってなんですか!?~

大外内あタり

第一話「るり」と「ルカ」

『はじめまして』

 その言葉は当たり前だ。

 少女の目の前にあるのは病院から与えられた個人用緩和ケアAI。小さい台座の上で数ある設定の内、見た目を優先してしまったせいで、もう夜だ。


 ほどほどにね、と夕食を持ってきてくれた看護師が言ったけれども「るり」は拘りたかった。

 きっと両親は見舞いに来ない。この緩和ケア用のサナトリウムにいる限り、アルコールの匂いと同じ患者がいる光景に、現実に耐えられない。


「やっぱり黒髪が王道よね。でも今は金髪とかが多いんだよねえ。でもなあ、目の色は黒でしょ。黒曜石! やっぱ碧眼の方がよかったかな~。もうちょっと髪の色、赤茶にしてみよ。黒と混じる感じで……ボディは初期で。口調は、う~ん、初期でいいや、あとで変えられるでしょ。服! 看護服なんてヤだもんね~だ」


 夕方から一人語っていた「るり」は、変わっていくプログラムAIに心が躍っていた。こんな場所でも自分を貫きたい。最後まで私は私でいたい。


「どうしよ~、前に見たビスクドールみたいな……ゴシック? だっけ? 白、水色、黒」


 結局の所、淡い水色の服にした。フリルがついたヨーロピアンな服装の愛らしい見た目に「るり」は満足し、大きく息を吸いあげる。

 初期設定が終わった今、このAIは完全に「るり」のもの。

 

『当機に名前を設定してください』


 大事な部分を、このAIは小さな口にしながら「るり」を見て笑う。


「ふっふーっ、もう考えてあるんだよね~! あなたの名前はね、『ルカ』ていうの」

『名称「ルカ」、登録致します。また名前の変更がございましたら、初期設定画面のネーム変更を呼び出してください』


『当病院の無線LANに接続。バックアップ領域取得。マスターデータ自動更新。マクスウェルアルゴリズム開始』


 ルカの瞳は虹色に光り、無事この病院のマスターデータとリンクしたらしい。

 落ち着いてきた頃には黒曜の瞳に戻り、その色で「るり」を見た。


「……こんにちは、るり様。わたしはルカ。本日より当機は貴女のために……るり様、本日の」

「あー! 様はだめ! 様は! もっとこう……友達みたいな」

「『変更を開始。登録不可……当機は自動自立型支援AIである為アルゴリズムに従い……接続。検索。友達。該当口調不明』」


 ルカは沈黙すると顔をあげて、

「るり様、本日、午前0時になりました。速やかに就寝のご準備を」


「あぁ~~~~!」

 ここが個室でよかった。

「るり」は掛け布団に包まると、

「わかった、寝る」

「朝食は7時になります。6時半が起床時間となりますので該当時刻になりましたら、お知らせいたします」

「はーい」


 病院に来て、一番の楽しみの一つが欠けて「るり」は眠りについた。

 その日、夢を見た気がする。

 浮かぶ城、白い湖、綺麗な城下街、明るい人々、そして金髪に碧眼の王子様。

 今読んでいる本の中の世界に似ている。それでなくともたくさん読んだ本の中みたいだ。

 そうだ、ルカに自分が読んでいる書籍をインストールして、そこから「友達口調」を作りだそう。

 短い時間だけど、一緒にいるんだから。


   * * *


 熱い。

 炎が壁や床を舐めている。

 ああ、死んじゃうのかな。

 病気で死ぬのと、どっちが苦しいんだろう。


「るり! 大丈夫です! このまま直進すればホールに辿り着けます! 走って!」

 手元にあるルカは「るり」を励ましながら避難ルートに誘導してくれる。

「大丈夫です! るり! わたしが一緒です!」

「うん、うんっ」


 煙でしみるのか、死に怯えているのか、どちらも分からないけれど「るり」は泣いた。

 死ぬのなんて怖くないと思ってたのに。

 肺に重い物が重なっていく。


「るりのことは、わたしが守ります! 走って!」


 目的地のホールまで来て、周りを見渡した。外には避難できた人たちであふれかえってる。

「るり」を見つけた見覚えのある看護師は「早く!」と手招きながら果敢にも内部に入ってきた。


「あっ」

 

 ガラガラと音をたてながら天井の一部が「るり」の前に落ちた。

 その衝撃にルカの端末が転がっていく。


「ルカ!」


「るりちゃん! 早く外に!」


 戻ってきた看護師は何かのボタンを押すと、配膳ロボットが横から突っ込み「るり」の目の前にあった瓦礫をどかして道をつくってくれた。でも、ルカとは離れたままだ。


「ルカ! ルカ!」


 周りを見渡してデバイスを探すと、ちょうどホールの真ん中辺りに転がっている。

 一刻の猶予もないのはわかっているがルカは最愛の友人なのだ。

 看護師の手が「るり」の腕を掴むと子どもと大人では力が違う。


「エリさんの生命維持装置が作動しません!」

「ピースメーカーの信号は!?」

「救急車が来るまで、どのくらいだ!」

「きっとサーバー室まで炎が」


 外から、混乱する声が響いてきた。

 そんなのはいいからルカを助けなきゃ「るり」は手を伸ばしても、もう届かない。


 ルカは、その光景を見ながら「るり」に微笑んだ。


『サーバー管理システムにアクセス。拒否。アクセス。拒否。該当AIにアクセス権限はありません。アクセス。バックアップデータを消去。認識不明の機体よりサーバーに侵入。ウィルス除去開始。バッグドアライン確保。全データを横浜サーバーに移行。サーバーより信号を発信。ウィルス除去39%』


「生命維持装置が……作動、きました!」

「このまま救急車が来るまで維持し続けて!」

「ピースメーカー装置も、各連携システム再起動しました!」


「ルカ? ルカぁ! やだよぉ! ルカぁ!」


 泣き叫ぶ「るり」にルカは最愛の笑みで答えていた。

 本来のAIがとるべき行動は、ただ一つ。

『主人を守ること』

 そして、ルカには一番にやらないといけないことがある。

『友達を、守ること』

「るり」と生きたルカが選んだ最善は『成功』した。

 学んだすべてが「るり」へと繋がっていく。わたしは、この病院が大好きだ。

「るり」が愛するものが愛おしいだからこそ、この願いは聞き入れてもらわなければならない。

 わたしは病院内にいた全ての患者を助ける。

 AIとしても人間に対して最善の結果。


『……60%』


 端末から聞こえる声にルカは耳を貸さない。

 ただただ「るり」を見ていた。


『80%……』


 そんなに泣かないでほしい。叫ばなくてもいい。わたしが選んだことだから。

 ルカはAIらしからぬ笑顔のまま瞳を閉じた。

 あるはずのない身体が軽くなっていく。なんとなく、ああ、消えるのだなとルカは思い、やっぱり「るり」のことを想う。

 さようなら、を言えないのは、少しやだな、そう想いながら、


『……100%……削除完了しました』

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