第40話 遠い存在
「訓練のし過ぎで意識を失ったそなたを
覚えていないか。
岩の家の
ベッドに寝かせていた上半身を起こした善は、同じ姿勢になった
すれば、咲茉の両隣で眠る詩と昴も視線の中に自然と入った。
「すまない。覚えていない」
「応援し過ぎたのではないか。詩と昴が気に病んでおった」
「いや」
やおら口を噤んだ咲茉は善から外した視線を、ぐっすりと眠る詩と昴へと落とした。
「夕食も風呂も歯磨きも排泄も済ませている」
「すまない。私が世話をしなければならなかったのだが、マスターに迷惑をかけた」
「咲茉にこの二人を引き取るか否かの判断は任せたが、世話を一任するとは言ってはおらぬ。吾輩も。いや。全員で世話をかけ、世話をすればよい。詩と昴はそなたをここまで連れて来た。幼子だどうだは関係ない。全員で助け合えばよい」
「………起きたら詩と昴に感謝を伝えて、気に病む必要はないと言う。応援は。正直、なくてもあっても、変わらない。が。いや。少しは。どうだろうな。本当に私は。私自身の事をまるでわかっていない。意のままに動かせるようで、動かせていない。マスターはそのような事はないのだろう?」
「ああ。ない」
「ああ。それでこそ。マスターだ。世界を統べる紅の竜。とても私の手の届かぬ御方」
「届かぬ。そう、思い込んでおるゆえ、届かぬ」
「では。この思い込みは一生私の中に刻み付け続ける」
「距離を離したままでよいのか?」
「ああ」
咲茉は手を伸ばした。
すれば、いともたやすく善の身体に触れられる。
髪も、頬も、唇も、無精髭も、肩も、手の指も、足の指ですら、いともたやすく。
それほどに近い距離。
けれど、遠い。
触れたとしても、触れられたとしても、遠い。
遠い存在。
「どうか。遥か遠い存在で居ていてほしい」
(2024.8.30)
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