第41話 感謝




「そうだな。吾輩はどのような生物であれ、どのような現象であれ、どのような無生物であれ、遥か遠い存在として、敬われ、恐れられ、畏れられる。咲茉えま。そなたも例外ではない」

「ああ」

「しかし同時に、遥かに近い存在でもある。咲茉よ。そなたが吾輩の距離を縮めた。距離をなくした。そなたがどれだけ思い込もうとも、その事実は変わらぬ。そなたがどれだけ遥か遠くへ飛翔しようとも、その事実は変わらぬ。吾輩とそなたは遥かに遠い存在でもあり、遥かに近い存在でもある。わかるか?そなたがどれだけそなた自身を遠ざけようとも。そなたがどれだけそなた自身を近づけようとも。吾輩はそなたを離すつもりはない」

「………マスターが望んでも、私は、マスターの望み通りにはならない」

「それもまた、吾輩の望みでもある」

「マスターは。遠すぎる。ゆえに私は、恐怖を抱きながらも、離れられない。離れたくない。離れたいのに。私が、受け入れられない私自身すら、マスターはいとも容易く受け入れるのだろう。私はそれが、それも、怖い。あなたは、本当に。とても怖い御方だ」

「だが、それでも、そなたは離れない」

「………」

「無意識にそなたは吾輩を引き寄せた。吾輩の羽ばたきに打ち勝ち、一音も欠かす事なく、吾輩に届けた時。そなたは無意識であった。吾輩はこの一時で十二分ではあるが。そなたにはおよそ足りぬのであろう。意識して、吾輩を引き寄せねば。そなたは、飛翔する事はおろか、日緋色金ヒヒイロカネの両翼を内から出す事も叶わないのであろう。そう言ったのならば、そなたはこう返すであろう。ならば、飛翔は一生叶わぬ。と」

「………マスターは本当に、おそろしく、優しい」

「無論だ」

「………眠る。夕食を食す元気はない」

「クハッ。では、朝食を多めに用意しておこう」

「感謝する」











(2024.8.30)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る