第37話 欠如
考えた事がある。
欠如している自分の記憶について。
あらゆる兵器を組み込んだ人造人間になった理由を。
殺したい人間が居た。
殺したい人間がどのような人間だったのかなど、知りたくはない。
どうせ、胸糞悪い人間だったからこそ、殺したいと思ったのだろう。
わざわざ思い出す必要などない。
ならば何を知りたいのか、何を思い出したいのか。
殺したい人間が居たので、あらゆる兵器を組み込んだ人造人間になった。
本当に理由はこれだけなのだろうか。
他にも、理由があったのではないだろうか。
兵器はあらゆるものを殺す為の危険なもの。
そうだと、知っているのに。
手放せない。
技術的な問題も確かにあるがそれ以上に。
心理的な問題。
自分の心の問題。
手放したくない。
そう、強く訴える自分が居た。
岩の家のメンテナンス部屋にて。
およそ三十分をかけて
「吾輩の竜の掌のやわらかさが意外だった。と、言ったな。そなたは。意外で落ち着かぬ。硬質であったのならば、意外ではなかったのか?」
「………ああ」
「吾輩の肉体はすべて硬質だと期待していたのか?」
「ああ」
「すべてを撥ね退ける。すべてを拒む。そのような硬質だと期待していたのか?」
「すべてを撥ね退ける。すべてを拒む。同時に。すべてを受け入れる。すべてを許す。そのような硬質だ」
「そなたは吾輩をよほど完璧な存在だと認識しているようだな」
「事実だ」
「ゆえに吾輩はすべてをわかっていると認識している」
「そうだ」
「そうだ。わからぬ事などなかった。そなたに出逢うまでは」
「………嘘だ。少なくとも私が今、マスターの本来の姿である竜の掌がやわらかい事に対して、落ち着かない理由はわかっているはずだ」
「クハッ。何故そう思うのか?」
「わかっているように見える」
「吾輩をまともに直視できぬのにわかるのか?」
「ああ」
「では。吾輩がその理由をわかっているとしよう。その理由を知りたいか?」
「………今はまだ、知りたくない。もういいか。マスター」
「ああ。気をつけて行って来い」
「ああ」
咲茉は足早に善から離れてメンテナンス部屋を後にした。
立っていた善は電動リクライニングベッドに腰をかけると、口元に手を添えて小さく笑い続けたのであった。
(2024.8.29)
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