第37話 初めての夜②


 現れたオズウェルの姿に、ヴィエラはどきりとしてしまう。

 オズウェルの長い銀髪からは水がしたたり、部屋の明かりを反射して煌めいていた。


「ええと、あの……っ」


 あまりにも色っぽいオズウェルに、ヴィエラはうろたえてしまう。

 オズウェルは不思議そうな顔をしてヴィエラを見つめた。


「どうした、入らないのか? 今日からこの部屋で眠るのだろう」


「え、ええ」


 ヴィエラはオズウェルに促されるまま部屋に入った。

 よく見れば、オズウェルはトラウザーズにワイシャツ一枚という簡素な格好をしている。

 風呂上がりだろうか。


「好きにくつろいでくれ。ここはお前の部屋にもなる」


「そ、そうね……」


 と言われても、ヴィエラはどうしたらいいか分からない。

 オズウェルを直視するのは気恥ずかしくて、ヴィエラは気持ちを誤魔化すように部屋の中を見回した。

 オズウェルの部屋は、思っていた以上にシンプルな内装だった。無駄なものがなく、洗練されている。

 だが、壁一面が本棚になっていることに気づき、ヴィエラは歓声を上げた。


「わぁ……っ、凄い! オズウェル、本が好きなの?」


「ああ」


 ヴィエラは思わず本棚に駆け寄った。棚にはぎっしりと隙間なく本が収められている。

 この城に来てからそれなりに時間が経つが、オズウェルの部屋に入ったのはこれが初めてだった。

 そしてこれから先、ずっとここで寝室をともにすることになる。


(……オズウェルのことを一つ知ることが出来て嬉しいわ)


「私、意外とあなたのこと知らないのね」


 幼い頃は、オズウェルが屋敷に訪れる度に色々な話をした。好きなお菓子や花の名前、楽しかったこと。

 かつてのオズウェルについては知っている。だが、今のオズウェルについてはまだ知らないことがたくさんある。

 

「もっと、オズウェルのことを知りたいわ」


もっと、もっと。

夫になるこの人のことを知りたいと、ヴィエラは強く思う。

 皇帝陛下を影で支え、心を守る皇妃として。


 ヴィエラが振り向いてそう言った直後、

 

「ヴィエラ」


「え……っきゃっ!」


 いつの間にやら近づいてきていたオズウェルによって、背後から強く抱きしめられた。

 

「私のことが、知りたいか?」


「え、ええ」


 オズウェルの腕の中でヴィエラは小さく頷く。

 それを見て、オズウェルは満足そうに少しだけ目を細めた。


「私も、お前のことをもっと知りたいと思っている。心も体も……隅々まで」


「……っ」


 どくどくと、自分の鼓動が早まっているのを感じる。どうにか緊張をしずめたくて、ヴィエラはぎゅうとオズウェルの腕を握りしめた。


「お前が望むなら、私のすべてをやろう。この城も、私の持つ権力も、すべてお前のものだ。だからその代わり……お前を私にくれ」


 オズウェルは愛おしそうにヴィエラのあごを指先でなぞると、やがて顔を後ろに振り向かせた。

 

「そんなもの――っん」


 そんなものいらないわ。

 地位も権力も、何も欲していない。


 そう言おうとした唇を封じられて、ヴィエラは言葉が紡げなくなってしまう。

 深いキスに、ただただ飲み込まれる。


「ヴィエラ」


 オズウェルは小さくヴィエラの名前を呼ぶと、少しだけ体を離した。

 そのまま膝裏へ手を差し入れてきて、ヴィエラの体を軽々と抱えあげる。

 

「え……きゃっ」


 (な、なに!?)

 

 突然のことに目を白黒させながら見上げれば、熱をもった深い群青の瞳がヴィエラを見下ろしていた。

 

「……私はお前だけを愛している」

 

「オズウェル……」


 (……綺麗)


 こちらを見つめてくる、夜の海のような瞳が美しい。

 まるでその瞳に吸い込まれるように、ヴィエラもオズウェルから目が離せなくなってしまった。


 (地位も権力もいらないけれど、オズウェルがほしいわ)

 

「……私も、愛しているわ。オズウェル」


 (私が生きていくのは、この人の隣)

 

 かつて空っぽだったヴィエラの心に埋まるべきは、オズウェルの存在だった。

 オズウェルが隣にいてくれるのなら、全てが満たされる。

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