はやく私を見つけてください

ひゐ(宵々屋)

第一話

「アーヤカ! なーに読んでるのっ」

「うわっ」


 下校中、スマホをじっと見つめていた私の背を、誰かが叩いてきた。振り返ると、シオリがいた。


 シオリは、私のweb小説読書仲間だ。高校一年生の時にクラスが一緒になり、趣味も同じだったから仲良くなった。高校二年生になったいまでも仲がいい。

 一緒に帰るのは久しぶりだった。


「歩きスマホはだめだってえ……で、なになに? おもしろいの? URL、送ってよ」

「いいよ! これ最近のお気に入りなの!」


 私は投稿サイトの小説を読みながら歩いていた。ずいと私のスマホ画面を見つめて、シオリも気になったのかもしれない。それもそのはず、私がこうも夢中になってしまうほど、おもしろい作品なのだ。


「ありがと! じゃ、私もお礼に最近のお気に入りを教えちゃおうかな~」


 ショートメッセージアプリでURLを送ったのなら、お返しのURLが飛んできた。早速私は開いてみるものの、その時の私の表情に、シオリが気付く。


「あれっ? もしかして……」

「……もう読んじゃった作品なのでした~」


 更新分はすでに全部読んだし、評価も済んでいる。感想も何個か書いた。いまは次の更新を待っている、私のお気に入りの一つだった。


 シオリが半ば呆れたような笑みを浮かべる。


「アヤカは本当によく読んでるね~」

「これ、今度書籍化するんだって! イラスト楽しみなんだ!」

「えっ、そうなんだ! そのうちアニメ化しちゃったり?」

「あり得るよね!」


 web小説の話ができるのは、私にとって、シオリだけだった。このセリフが好き、このシーンが好き、そんな話ができるのは、シオリだけだった。


「アヤカが読んでなさそうな奴、どこにもないな~」


 学校最寄りの駅に向かいながら、シオリが私のために作品を探してくれている。ただ、これまでに教えてもらったものは、全て私がもう読んでしまったものだった。


「ていうかおもしろそうな作品、どうやって探してくるの?」


 ついにシオリが顔を上げる。私は少し思い出しながら、


「うーん……ランキング見たりすることもあるし、更新された作品とか、ピックアップとかも見るね。あとはSNSの感想とか」

「……ほとんど全部見てるってことじゃない?」


 言われてみればそうかもしれないと気付く。暇な時間、やっていることは小説を読むこと、次に読む小説を探すこと、そればかりだった。


「あたしも色々探してみてるけどな~……SNSの『読み専』さんの感想とかもチェックしてるし……」


 シオリがスマホをいじりながら首を傾げる。と、顔を上げて、


「そういえばこの前、SNSで変な投稿見ちゃってさあ、なんか萎えたっていうか……」


 再びスマホをいじり始める。指の動きからわかる、SNSの投稿を見ているらしい。


「なんだったっけな……この読み専の人が笑ってたんだけど……小説のキャッチコピーってあるじゃん? そこに『はやく私を見つけてください』みたいにしてる作品があったんだって」


 見せてくれたのは、私も追っている読み専さんのアカウントだった。この人が「おもしろい」という作品は本当におもしろい。ただ時々、棘のあることを言う。それもいいと思えるけれど。

 シオリは続ける。


「それでその読み専の人は、そんなことじゃなくて作品のアピールポイントを書いてくれって言っててさあ」


 それはそうだと思う。私だって、キャッチコピーから作品を読むか読まないか決めることがあるし。


 なにより、作品を読む前に見る「前情報」にそんなことが書いてあったら……私としては、読む気が失せる。痛ましい、というか。引く、というか。自己顕示欲が強すぎる、必死すぎる、というか。


 シオリは呆れたように笑っていた。わかる。それは冷笑だった。


「作品自体は評価も低いし、そもそも本文読む前のあらすじからして……すごく読みにくいものだったから、その人は結局読んでないらしいけど、なんていうか……自己顕示欲~! って思っちゃった。構って~、みたいな」

「……まあ作品を作るって、そういうこともあるかもね」


 書きたいから書いている人もいれば、読んでほしいから書いている人もいるかもしれない。

 それに、書きたいから書いている人も……読んでもらえなかったら――。


「正直どのくらいやばい作品なのか気になるわ……あらすじの時点で『つまんない』じゃなくて『無理』って感じだったらしいよ。逆に興味出てくるわ」


 続けるシオリに、私は「確かに」と適当に返してしまった。

 シオリは、気にはしていないらしかった。代わりに、自分のスマホの画面を睨んで、


「……って思って今調べてるけど、出てこないや。消しちゃったのかな、作品」

「――それはちょっと、かわいそうかも」


 ――頑張って作った作品が、見向きもされないなんて。


 もう駅は目の前にあった。私とシオリは、別の電車に乗る。


 シオリと別れて、私は再びスマホで小説投稿サイトを開いた。ふと目をやれば、サイトには現在公開されている小説の数が表示されていた。


 いったい、このうちの何パーセントが『存在していない小説』『価値のない小説』と思われているんだろう。


 なんとなく、そう思ってしまった。

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