第37話 コーカサスの白い悪魔と遠隔パイロット速水瑛人

 ゲルニカ共和国の司令官が整列した部下たちに指示を下した。

「今日の昼の13時で停戦である。以降、各自の判断での発砲は厳禁である。一発の弾丸で、停戦合意が破れることもあるので十分に気を付けるように」

 そういいつつも司令官は気楽な表情であった。停戦合意の寸前の戦闘などあり得ない。もう今日の段階ですでに停戦したようなものなのだろう。

 司令官の男が煙草に火をつけようとした時だった。その向こうで土埃が見えた。司令官はタバコを吐き出して大声で叫んだ。

「おい、戦車を動かしているのは誰なのか?」

 青白く光る戦車T72の隊列は司令官の制止を無視して走り去った。ゲルニカ共和国側の陣地には何台か歩兵戦闘車が残されていた。歩兵戦闘車に大砲はなく、小銃が装備されているのみ。実質的に兵員輸送車である。ゲルニカ共和国の兵士たちは歩兵戦闘車に分乗し無人戦車を追走した。

 オセチア連邦の陣地は驚いた。停戦合意の1時間を切った段階でゲルニカ共和国の戦車隊、そして、その後ろを追走する形で歩兵戦闘車の群れが突撃してきたのである。

 まず、ゲルニカ共和国の先頭の戦車が発砲を繰り返しながら全速力で敵陣地に突入。土塁に乗り上げると、そのまま激しく転覆した。それを皮切りに敵・味方入り乱れて抗戦が始ろうとした時だった。上空からドローン編隊が現れ、無人戦車隊の頭上から体当たり攻撃を開始。戦車隊を次々と破壊していった。


 オセチア連邦とゲルニカ共和国の兵士たちは破壊された戦車を一台一台確認していた。何度確認しても戦車の中に兵士が搭乗した痕跡はなかった。この騒動は「事故」として処理された。

 両国は過去に何度も停戦に合意していた。両国とも戦闘継続の意思がなかった。しかし、停戦間際になると無人戦車が動き出して発砲し、停戦が無効になる事態が続発していた。兵士たちの間ではこれを「コーカサスの白い悪魔」の仕業であると噂していた。

 戦車の調査が進むその脇で、オセチア連邦のドローン隊の指揮官と副官が小声で会話をしていた。

「うちのドローンパイロットは2人だけだ。しかも、その日は1人は非番だったはず。いったい、どうやって5台のドローンを操作したんだ。しかも同時に」

「わかりません」

「じゃあ、誰がやったんだ?」

「わかりません」


 瑛人の自宅、父親不在の執務室で瑛人はシミュレータ席に座っていた。瑛人はその日の「シミュレーション」を終え、ARヘルメットを外したあと、手帳に記録を付けていた。

「T72が無人で暴走。これで累計58両目か」

 その瑛人に電話が鳴った。染野桂子からだった。

「どうしたの?」

「ねえ、この間、検見川行ったよね。何しに行ってたの?ほんとにドローンの実験だったの?」

 ひょっとして、美咲と会っていたことを勘づいたのだろうか?美咲の学校は渋川学園検見川、東大検見川キャンパスの隣である。十分に偶然の範囲だし、実際に偶然である。ふつうに説明してもよいはずだが、なんだか染野の様子がおかしい。

「修士実験だよ。検見川はドローンの実験をするには適しているから・・・」

「ねえ、ドローンって外国の紛争にも使われてるのよね?」

「ひょっとして、美咲ちゃんが、ドローンの事を何か言ってたのかな?」

 まさか染野がドローンの話をしてくるとは思わなかった。しかも深夜だし、話す声が妙に小さい。焦りのあまり、瑛人は『美咲』の名前を出してしまった。

「ちがう。夙川君が・・・」

 二人に間に沈黙が流れた。

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