第35話 検見川キャンパスで修士実験 山路美咲はもう高校生

 速水瑛人と染野桂子は卒業後、そのまま大学院に進学し、大学院生となった。

 修士1年の夏、瑛人は、修士実験のために検見川キャンパスを訪れていた。瑛人は検見川キャンパスのグラウンドでドローンの飛行実験を行っていた。前回までに1機のみを操作して、3機を編隊飛行させるところまで成功していた。

 この日、検見川キャンパスにたどり着くまでの路上で山路美咲に出くわした。

「おや、美咲ちゃん。久しぶり」

「私のことが忘れられなくて、ここに来ちゃったのかな?」

「渋検見の真横に東大検見川キャンパスがあって、そこに用事があるんだよ。もう、高校生なんだよね」

「ねえ、時間ある?」

 瑛人は時間に余裕があったので、美咲とファミレスに行くことにした。

「そういえば、この間、東大のスピーチコンテストに出てたよね。すごいね」

「ひょっとして、ドローンやっているの?」

「何で知ってるの?」

「染野桂子さんから教えもらったの。せんせいの彼女なんでしょ。せんせい、彼女いるのって本当だったのね」

 瑛人は何か詰め寄られるような気迫を感じていた。

「うん。でも、彼女のこと、あらかじめ話していたじゃないか」

 正確に言うと、その時は付き合ってなかったんだが。

「わたしは認めてないんだから・・・」

 美咲はかすかに何かいったが、瑛人には小声過ぎてよく聞き取れなかった。

 速水の小脳は「え?何?」と反射的に聞き返そうとした。一方で、大脳は、「これは、聞き流さなければならない」いう判断を行った。真逆の反応が重なり瑛人は固まって動けなくなった。

 周りの空気の粘性が急速に変化していったような気がした。

「せいせいのことなんか・・・だいっきらいなんだから」

 美咲の声は周辺の空気を振動させた。なぜか、美咲は感情的になっていた。運よく、周辺の席には誰も座っていなかった。

 瑛人は思った。何か気に入らないようなことでもしただろうか?嫌いならなぜにファミレスに誘ったのか?この娘は山路先生のところのお嬢さんだ。迂闊な態度はできない。

 孫氏の兵法三十六計によると、戦って勝てない場合はひたすら逃げるべきとある。逃げに徹しよう。

「すまない。俺が悪かった」

「なんで謝っているの?せんせいは、何も悪いことしてないよ」

 瑛人はさらに思った。いま、俺にスタンドの能力があったなら、時間を止めて、ここから逃げ出したいのだが。

「今度、海外留学することになったの。東大の弁論大会のことが目に留まって、奨学生に選ばれたみたいなの。・・・でもね、最近、なんだか急に怖くなっちゃったの」

 たったいままでヒステリック気味だった美咲は、今度は弱弱しく泣き出してしまった。母親に黙って渋川学園溜池山王を受験したあの時の小6女子とはとても同一人物とは思えない貧弱な様子であった。

「せんせいとも、もう、一生会えないかも・・・」

 少し落ち着いてきた美咲の様子をみて、瑛人は声をかけた。

「もし、何かあったらいつでも飛んでいくから大丈夫だよ」

「外国なんだよ。すぐには来れないよ・・・」

 美咲の手元のメロンソーダを飲まれずに放置されていた。

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