光子の泥沼で

事後和人

ミー・トゥー

 俺は目を覚まし、俺の右手がなにをしてやがるのか見た。操縦桿を振っている……あっちこっちへ執拗に。脳にインプラントを入れたばかりのやつプラグバージンが病室でけいれんしてるみたいに。


「おうっ」


 マスク越しに声が漏れる。シートが俺の尻を思いきり蹴り上げた。右手のやつが操縦桿を右へ折れんばかりに倒している。俺と座席を包んでいる星空が帯を引いて流れ始めた。こんな急旋回をやらかすなんて、いったいどういう了見なんだ?


状況報告ステータス


 脳直のうちょくで告げる。俺の海馬に俺二号ミー・トゥーから返答が差しこまれてきた。それはイメージと感情の全体ゲシュタルトなんだが、あえて言葉へ訳すならこんな感じだ。


〈十秒前、接敵。正体不明機。当機被弾。回避行動中〉


 接敵だと? どこから来やがったんだ?


〈被弾箇所は?〉

〈当機後方、噴出口付近。損害軽微〉


 星空をさえぎって鏡が現れた。鏡にも宇宙が映っているせいで、まるでフレームが素通しになってるみたいだ。つまり後方カメラはやられてない。耐圧殻はどうだ。


〈気圧正常〉


 俺が聞く前にミー・トゥーから返答があった。二百時間の訓練で俺の思考パターンとすっかり馴染んでるのさ。鏡が消えるやいなや、真っ正面の星空が歪んで、輝く噴出口がズームされる。まるでブラックホールへ落ちていく紫外色の種火だ。


馬鹿イカスクィディオの機体だな〉

肯定アファーム


 最初のレーザー爆撃コンシューマーはもう八十年前のことだ。昼間のローマで緑色のオーロラが輝いたと思うと、瞬間的に都市が丸ごと蒸発した。長い長い戦いの末、どうやら戦闘機も収斂進化を起こしてるらしい。ミー・トゥーが敵味方を見分けられなかったら俺にも出来ない。なにしろインプラントチューブは脳髄の百万倍速いんだ。

 ただ弱点もある。


〈よし。バトンタッチだ〉


 そう伝えたとたん、右手中に針が刺さった。痛みで声も出ない。

 勘違いしてた。酷使されてたのは俺の方だ。脳が身体から切り離されてモルディブの海をたゆたっていた間も、インプラントより下の部分はせっせと働いていたんだ。


〈睡眠開始より十三時間経過〉

「ありがとうよ」


 俺はわざわざ唇と舌を動かした。脳直だとあまり皮肉な調子がこもらない。変な粘土みたいな味がするし、きつい口臭が気になった。馬鹿みたいに広すぎる空間を長いこと飛んでたからだ。

 ただ、痛みで一気に目は覚めた。ここからが俺の役目だ。インプラントに攻撃はできない。発艦も偵察も回避すらインプラントはやってのける。だがトリガーは、それだけは俺が引かなきゃならない。

 人間の俺が。

 操縦桿の感触を確かめ、人差し指を曲げた。

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