Salt World

粟野蒼天

しょっぱい

 歩く度にザクザクと音がなる。後ろを振り返ると自分の足跡がくっきりと残っていた。そばではかつて車だったものが崩れ堕ちた。


 辺り一面真っ白の世界。


 私は遠くの山を目指して歩くばかりだ。

 父から聞いた話。それをただ信じ、私はこの白い大地を歩き続ける。


 数年前、地球は水の星から塩の星に様変わりしてしまった。

 地球温暖化やら宇宙人の仕業やら様々な噂が広まった。


 変な形の防護服を身につけないと生きていくこともままならない。でないと水分が奪われてあっという間にミイラになってしまうからだ。常に防護服やマスクを付け続ける生活といのはなかなかの苦痛だ。


「あー甘いものが食べたいなー!!」


 悲痛な叫びはビル群に響き渡り、地響きとなり帰って来た。


 次の瞬間、塩化して脆くなったビル群が崩壊し始めた。脆い。余りにも。


「うわぁーー!!」


 私は必死に走った。後ろを振り返れば死ぬ。塩に押しつぶされて死ぬのはごめんだ。ダサすぎる。


 地響きが止み、私は膝から崩れ落ちた。後ろを見ると、そこには巨大な塩の山ができた。


「あぁ~~やっちゃた~~」


 迂闊だった。目的地までが遠くなった。


 防護服を通しても空気がしょっぱい。


 畜生。しかし自分で蒔いた種だ。私は無言で歩き出した。


 日が暮れだした。夜は危険だ。何が起こるか分からない。少女の一人旅の時点でかなり危険なのだがそこは置いておこう。


 この日は塩の山を過ぎたあたりで、テントを立てて夜を過ごした。


 寝ると必ずと言っていいほど、夢を見る。


 それは、初めて食べたアイスクリームの夢だ。

 今でも鮮明に思いだす。もう一度だけでいいからアイスクリームを食べたい。


 ◇


 もう、歩き続けて何日経ったのだろうか。

 服は汚れ、髪は縮れ、足は生まれたての小鹿のように震えている。


 最後にお風呂に入ったのって………どれくらい前だったけ?

 思いっきり水を浴びたい、飲みたい。優雅にバスタブに浸かって思いっきり足を伸ばしたい。


 そんな願望だけで私は歩く。ひたすらに歩く。人のいた痕跡を見つけるたびに一喜一憂。そして再び歩き出す。この行為に意味があるのかは分からない。それでも私は歩き続ける。歩き続けなくてはいけない、そんな気がしてならなかった。


 そんなある日、靴が破れ、とうとう足が動かなくなった。

 防護服を脱ぎ、私はその場で膝から崩れ落ちた。胃袋の中身が全部逆流してきた。

 仰向けになり空を見上げる。青い、どこまでも青い。雲ひとつ無い綺麗な空。

 きっとこれが私が最後の見る光景なんだろう。


 あぁぁ………私は死ぬのか………


 死にたくないな………


 甘いもの食べたかったな………


 ポタッ………


 頬に何かが当たった感覚がした。


 次の瞬間、ザァーーっと大雨が降ってきた。


 なんで?さっきまで雲ひとつない快晴だったんだよ。


 目を開くと空には黒い雲が掛かっており、先ほどの快晴が嘘かのような空模様になっていた。


 もしかすると、私が目を閉じた時間は私が体感した時間よりずっと長かったのだろうか?


 しばらくして、私は体を起こした。起こすことができた。

 足はまだ動かない。リュックを開けて、包帯等々を取り出し、足にそれらを施す。

 痛い。ところどころに擦り傷やらがあり、それらが本当に痛い。

 よくここまで歩いてこれたもんだ。

 濡れてしまっては意味はないかもしれないがないよりかはましだろう。


 体中に当たる雨粒の一つ一つが今はたまらなく心地いい。

 口を開き、大量の雨粒を飲み込む。しょっぱくない。こんなに美味しい水を飲んだのはいつぶりだろうか。


 数時間で雨は止み、再び空は雲一つない快晴となった。


 そこで私は気が付いた。防護服がなくとも平気だとゆうことに。

 どうやら標高が高いところは塩化の影響を余り受けないらしい。

 これでやっとあの防護服を付けずとも行動できるようになった。


 私は濡れた衣服を絞り、服を乾かす。

 乾いた衣服を身に纏い、近くにあった長い木の枝を杖代わりにしながら、私は再び歩き始めた。


 空を見ると、鳥が飛んでいた。生きている鳥。骨の鳥じゃない。

 鳥が生きていける環境がある。もしかすると、人もいるんじゃないのか?

 そう思った瞬間、足が勝手に動いていた。


 私は鳥の後を追った。足の痛みや疲れなど一切気にしないでとにかく走った。鳥を見失わないように、ありったけの力を振り絞って走った。


 ある丘を越えた時、私はその足を止めた。私は目の前に広がる光景に息を飲んだ。

 それと同時に目から少し涙がこぼれ落ちた。


 ………………空があった。地上に?どうゆうこと?なにこれ。


 私は丘を駆け下りた。目の前に現れた空がなんなのかを知るために。


 朽ち果てた靴を脱ぎ捨てて走る。石が当たり意識が飛びそうな激痛が全身に走る。

 途中で躓き、転んでしまっても私は立ち上がって走った。


 近くまで来ると私が見た空の正体がはっきりした。


 水だ。海を思わせるほどの水がそこにあったのだ。


「なんで山の上にこんなところが………?」


 血だらけの足を水に近づける。


「~~~~~~痛ったい!!」


 染みる。分かってはいたがそれでも痛い。


 涙を拭い、私は水に尻餅を付いた。水が服に入ってくる。この感覚がどこか懐かしい。


 血や汚れがが水に溶け出す。まるで水墨画のようで綺麗なのか汚いのか分からなくなっていた。


 水を手で抄い、顔を洗う。少ししょっぱい。


 顔を洗うなんていつぶりだろうか………

 久々の水浴びというのは痛みを忘れるほどに気持ちがいいものなのだな。


 服を脱ぎ、全身で水を浴びる。


 そして私は水に浮かぶ。ぷかぷかと浮き輪のように浮く。

 太陽の光が心地いい。


 全身を洗い終えた私は水平線を眺めた。何かがある。

 小さい。目を凝らしてようやく見えるレベルだが、何かがある。


 私は気になってそのなにかを目指して再び歩き始めた。


 水は思っていたより浅く足が付くほどだった。


 徐々に見えていたものが鮮明に見えてきた。

 車だ。見えていたのは鮮やかな色に塗装されたシャッターが付いた車だった。

 キッチンカーと呼ばれていたものだ。


「なにこれ………??」


 コンコンと車を叩いている。すると車が少し動いたような気がした。

 今度はさっきより強く叩くと怒声と共に車が大きく揺れた。


「誰だよあたしの眠りを妨げるのは!?」


 勢いよく開くキッチンカーのシャッター。中なら飛び出してきたのはタンクトップにショートパンツの赤メッシュで私と同い年くらいの女の子だった。


「あぅっ………」


 そのあまりの勢いに私は尻餅を付いた。


 尻餅を付いた私を少女は不思議そうに見つめる。


「………あんた誰?知らない顔だし、ここら辺の人間じゃないでしょ」


「私はルーシーといいます。歩いてここまで来ました、あなたは?」


「あたしはナオミ。この店の主だよ」


 ナオミはジロジロと私の様子を見てくる。


「歩いて来たってのは嘘じゃなさそうだね。で………どこから来たの?」


「自分でもよく分からないんです。気づいたら世界が塩まみれで、家族はみんないなくなってて、どこに行こうか分からないまま歩き続けていたんです」


 ナオミは無言のままずっと私のことを見てくる。


「ここから数キロ離れたところに生き残っている人達が住んでいる集落があるからそこに行ってみるといいよ」


 ナオミが口にした言葉に私は驚いた。ナオミのほかにも人がいる?

 この上なく嬉しいことだった。いつしかこの世界で生き残ったのは私だけだと思っていたからだ。


 私の目から大粒の涙が零れ落ちた。


 それを見たナオミは車の奥に行ってしまった。

 私は「ありがとう」といいその場を去ろうとした。


「ちょっと待ちな………」


 するとナオミが車から出てきて私のことを引き留めた。

 ナオミの手には………アイスクリームが握られていた。


「これあげる………」


「え………いいの?」


「あたしがあげるって言ってるんだからいいんだよ」


 ナオミからアイスクリームを受け取る。

 落とさぬように慎重にコーンの部分を持つ。

 舌でアイスクリームを舐める。

 冷たい。甘い。微かにしょっぱい、レモン味のアイスクリーム。


 再び私の目から大粒の涙が零れ落ちた。


「あんた………ほんとよく泣くね」


「だって、だって甘くて美味しいんだもん………」


 塩に覆われた世界の片隅で私は少女に出会った。


 そしてアイスクリームを食べた。








































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