ハルカへ3の『サンゴクシ』

水月 梨沙

其の一 「三国志」

 ハルカの『家』は、あまり普通では無い。

 まず一階が父の経営している店であるし、二階は母の経営している店。そして、三階と四階が家族の居住スペースになっている。

 これだけならば、まだハルカも気軽に友達を家に呼べただろう。

 問題は、両親の店の内容ににある。

 母は占い師として店の中を怪しげな香の立ち込めるビミョー空間にしているし、父の店に至ってはワラ人形からホルマリン漬けまでどんと来い! なウサンクサイ呪術品を取り扱っている。


 だが、別にハルカはそんな家が『嫌い』では無かった。

 というか寧ろ、そんな父母に育てられた事もあって『ハルカの趣味=魔術の研究』だったりもする。だからハルカの自室はカーテン・ベッド・壁紙までもが黒系統のもので統一されており、休みの日には黒魔術や錬金術の真似事をしたりもしていた。

 そんな訳もあって、ハルカの友達が家に来た時に言う台詞は「ブキミ」「コワイ」「ヤバイ」といった類のものばかり。唯一、たった一人だけ「個性的」という前向きな発言をしてくれた人もいたが、今は転校してしまっている。

 

 さて、今日はそんなハルカの誕生日。

 それが『春休みの最終日』というのは損な気もするが、だからといって明日から高校生というお年頃のハルカはもう『友達を家に呼ぶ』などといった愚を犯す様な真似はしない。そもそも友達を家に連れてきた所為で変人扱いされて、もはや『友達』と呼べる人はゼロになってしまっていたし。


 けれど両親は仲が良かったし、ハルカの事も大切に思ってくれている。だからこの日も家族三人が正三角形のテーブルに着くと、ハルカの誕生日パーティーが始まった。

「お誕生日おめでとうハルカ!」

 シャラシャラと腕に幾つも付けたブレスレット達を鳴らしながら、母が拍手して言う。

「しかも明日っからは高校生だね!」

 めでたいめでたい、と言って謎の楽器を吹く父。ヒョロロラ~、という音色はメデタイという感じが微塵も感じられないものだったが、どこぞの民族の間では祝福を表わす音楽とかそういったものなのだろうとハルカは予測して、にっこりと笑う。

「ありがとう、マザー、父」

「それじゃあマザーからのプレゼントは……」

「あっ、その事なんだけど!」

 ハルカは母の言葉を遮った。


 実は『今年のプレゼントに欲しい物』は、既に決まっている。

 それは『両親が始業式に出席しない』という約束。普段着も充分にアレだが『気合いの入った服』というモノは一撃で同級生達の度肝を抜くものであると学んでいた、ハルカなりの作戦だ。

 せっかく地元の人が行かない学校を選んで入学するのだから、小・中学校の時と同じ過ち(?)は繰り返したくない。


 流石は占い師とでもいうか、その事を予感していた母は

「やっぱり、入学式は一人が良いの?」

 と心配そうな顔をする。

 娘の事を見守ろうとする気持ちは有り難いのだが、残念ながら両親が一般受けしないのは変えようの無い事実なのだ。

「うん……ごめんね。私も本当は見に来て貰いたいんだけど……」

「マザーは知っているわ。ハルカは友達を作りたいけど、その為にマザー達のアイデンティティーを壊すのも嫌だからって『入学式に来ないで欲しい』と思ったって事」

「そうなのかい?」

「ダーリン、ワタクシ達は少し世間の皆様とは違うでしょ? だから時には、我慢というものも必要なのよ」

「うーむ……」

 父は考え込んだ。彼はひたすら趣味を貫いて店まで経営しているぐらいである。周囲の人間の考えには疎い。

「よく判らないけど判ったよ。……でも、ワタシからのプレゼントは受け取ってくれるね?」

 そう言いながら父が取り出したのは、深い紫色の布に包まれた長方形の『何か』だった。

「やっと手に入れたんだ――『召喚』の札」

「召喚?」

「なんでも、死者の魂を呼び出して憑依させる事が出来るそうだよ。中国の奥地の村で秘宝とされていたんだ」

「中国……」

 だったら呼び出せるのも中国人? などと考えながら、ハルカは包みを受け取った。

「有難う。早速、研究してみるね!

 

 さて、所変わってハルカの自室。

「中国人の知り合いなんて、いないんだけどなぁ……」

 そんな事を呟きながら、取り敢えずは『召喚』の準備。

 床をいちいち汚す訳にはいかないので、カレンダーの裏を使って魔法陣を描いていく。

「しかも『死んだ人』の魂でしょ……?」

 それなら歴史上の人物? と考えが及んだ時。ハルカの頭に、昔読んだ本が思い浮かんだ。

「確か、三国志って中国の歴史の本だったわよね。孔明さんって人が大活躍する、ちょっと魔法とか出てくるハナシ」

 小学生の時に読んだので粗筋は曖昧だったが、ハルカの頭には『孔明という魔法使いみたいな人が、風の魔法を使ったり石の陣を使った迷路で敵を惑わしたりする話』という記憶が残っている。折角なのだから、その人を呼び出す事にチャレンジしてみようとハルカは思った。


 父から貰った包みを開けると、中にはトランプの様なカードが入っている。1ミリ程の厚みがあったので、折り曲げたりは出来そうに無い。

 カードは、縁に沿ってフシギな模様に囲まれており、その内側は漢字(?)でゴニョゴニョと何事かが書かれている。更にその内側にもう一度模様が描かれていて、残りの、真ん中の部分は空白。

 裏返してみると、表面とは逆に真ん中は円形の模様が幾重にも描かれており、縁に模様は無かった。因みにカードは、白い紙に墨で書いた物をプラスチック製の保護シートで傷が付かない様にコーティングされている様にも見える。

 ハルカはカードを魔法陣(中国のものについては知らなかったので、和風のもので代用した)の中心に、真ん中が空白の方を上にして置いた。そして深呼吸を十回ほど繰り返して、落ち着いてから呪文(これまた日本語である)を唱え始める。

 なお、なんだかんだいってもハルカがこれまで『何か』を実際に召喚出来たためしは一度も無い。しかしこの様な『儀式』ならば何度もやっているので、呪文を唱えながらもハルカは別の事を考える余裕があり……

 そんな訳で、今回もまた考え事をしながらの『儀式』になってしまっていた。


(孔明さん孔明さん、名字は忘れちゃったけれどココに来て下さい)

(でもって、出来れば私に孔明さんがやった魔法のヒケツを教えて下さい)

(……あ、そういえば孔明さんの敵ってどんな人だったっけ……?)

(確か、オジイサンで意地の悪そうな人だった気がするんだけど……)

(でもって、孔明さんの作戦でメタメタにやられちゃってたんだよね~)

(孔明さんに逆らうのが悪いっていうか……身のほど知らずって言うのかな?)

(そう、思い出した。確か名前は『仲達』って奴だ。臆病者で、孔明さんと戦おうともしなかったオジイサン!)

(あいつのせいで、孔明さんは寿命で亡くなっちゃったんだよね。可哀相な孔明さん……)

(けど、孔明さんが死んだ後に……誰かが、孔明さんの事を誉めるシーンがあったっけ)

(何て言ったんだっけなぁ……。うーんと、天下一の……じゃ無くって……天下の……)

(そう! 『天下の奇才』って言われてたんだ!)

(やっぱり判る人には判るんだろうな、凄い人の才能って!!)

(……でも、一体誰が言ったんだろ。孔明さんへの誉め言葉……)

 

 モクモクモクモク。

 ハルカは、カードの下から黒い煙が出ている事に気が付いた。

「えっ、何で?」

 確か今日は蝋燭もお香も……燃えそうな物は、何も使っていない筈。

 そう考えている内に、黒い煙は紫、紺、青……と、徐々に色を変えている。

 と同時に、カード中央の空白の部分に、何かが浮かび上がってきていた。

 煙は水色になっている。カード中央は――さっき見た、カード裏の円形の模様だ!

 ハルカがそう認識した瞬間、煙はカードの中心部へ向けて動き出した。まるで、カードが煙を吸い込んでいるみたいだ。

 そして吸い込むと同時に、カード全体に煙を染み込ませているのか……?

 中央から周りに向けて、カードに「色」が付いた。地の部分は淡い水色、円形の模様達は青や紺色。そして四角い外枠の模様は紫色で、漢字は黒。

 カードが煙の全てを集めると、それが中央部分で渦を巻いて凝縮し、固まっていった。丸い、濃い水色をした透明な石が現れる。

 ハルカは、瞬きもせずに見守っていた。

 今まで色んな事を試してきたが……こんなに不思議な現象が起こったのは初めてである。


 全てが終わったのか、カードに何の変化も起こらなくなっても……ハルカは暫く見つめ続けていた。

「もしかして……本当に孔明さんが呼び出せるのかも……?」

『残念ながら、諸葛公は来ていませんよ』

「え?」

 ハルカの独り言に返答があった。

 というか、部屋の中にいるのに『聞き覚えの無い男の人の声』がした。

「だ、誰……?」

 きょろきょろと見回すが、誰の姿も見えない。


『はじめまして。司馬懿と申します』

「し、シバイ……さん……?」

『はい。司馬、懿です』

 変な名前。

 ハルカはそう思ったが、口に出すのはやめておいた。

「それで、その……司馬懿さん?」

『はい』

「もしかしてもしかすると、中国人ですか?」

『今はそんな呼び方になっていますね』

「……『今は』?」

『あ、僕、一応千八百年ほど前の人間ですので』

「せんはっぴゃくねん!」

 古ッ!!

 今よりも千八百年も前といったら……およそ、西暦二百年頃。

「えっと、イイクニツクロウ鎌倉幕府……これは一一九二年か。ナクヨウグイス……これでも七九四年だから、それよりも前……?」

『あ、あの……。僕の事を考えて下さるのでしたら』

「はい?」

『まず、この札を表にして頂けないでしょうか』

「え? フダ?」

『一応、僕はこれを媒介にして呼び出されたもので……』

「あー、えっと、そっか。私、召喚しようとしてたんだよね。……ヒトノヨムナシイ……」

 年号の語呂合わせで覚えているものを呟きながら、ハルカはカードをひっくり返した。


 さっきまで描かれていた模様は綺麗に無くなっており、そこには代わりに長髪の男の人が描かれている。

 真っ黒で、サラサラの髪。ハルカの周りでは見た事も無い程に長い。そして、その男の人が着ている服も周りでは見た事の無いものだった。

 襟の部分は着物みたいに合わせているが、振り袖とか袴とも違った感じ。袖や裾の方はゆったりとした作りになっていて、何だか動きにくいのでは? と思ってしまう。

 そして裾が長すぎる所為で靴は見えず……服の色は、重ね着をしているがそのどれもが寒色系。というより、先程の煙の色で構成されている風にも見える。


『ああ、やっと拝顔できました』

「!」

 カードの中の人物がハルカに向かって微笑んだ。

 どうやら、彼はこのカードの中で動けるみたいである。

『ええと、先程も言いましたが、僕は昔の人間でして。死んだのも、大分昔の出来事です』

「へ、へえぇ……」

 そりゃずっと生きてるなんて不可能だろう、と思いながらハルカは適当に頷いた。

『……それで、死んだ後の人間の魂がどうなるのかは御存知ですか?』

「ああ、それなら。地方や宗教によって色々な考え方があるとされているけど……」

『少なくとも、僕が知っているのは五十二パターン位です』

「ご、ごじゅーに……」

『その中の一つのパターンなのですが「魂が幾つかに分かれる」というものがありまして。分かれた魂はそれぞれ、輪廻の中に入って転生したり、思い出の地へ留まったり……』

「あ、それって自縛霊ってやつでしょ?」

『そうとも呼ばれますが……』

 苦笑して、司馬懿は人差し指と中指をこめかみの辺りに付けて考え込んだ。

『その言い方ですと、さしずめ僕は「浮遊霊」という分類なのでしょうか』

「千八百年もフラフラしてるの?」

『色々な見聞が出来て楽しいですよ』

「う~ん……」

 それでも、千八百年は長すぎる気がする。ハルカはまだ十八年だって生きていないのだから、想像もつかない。


『とにかく、僕は様々な経験をしていますので。先程あなたが召喚しようとしていたのに気付いて、この媒体に入った次第です』

「経験と召喚と、何か関係があるの?」

『普通の魂には先程の「声」は小さすぎて、呼び出しに気付かないでしょう。しかも精神集中も甘かったので、魂の方から媒介に姿を転写する力を足す必要性がありました』

「……つまり、司馬懿さんは私の所に『好意で』『わざわざ』来てくれた、って事?」

『なんだか、懐かしい事も聞こえてきたので……』

「懐かしい?」

 ハルカは首を捻った。

 そういえば、そもそもハルカが呼び出そうとしていたのは……

「孔明さん!」

『はい。僕、一応は諸葛公の知り合いですから』

「……諸葛公って、さっきも言ってたけど……それって孔明さんの事?」

『孔明、というのは諸葛公の字です』

「アザナ?」

 知らない言葉に疑問符を浮かべるハルカに対して、何と説明しましょうか……と呟きながら、司馬懿はこめかみに人差し指と中指を付けてしばし考えた。

『判り易く言うと……渾名って所です。諸葛が名字で、孔明が渾名。彼は諸葛孔明と呼ばれたりもしていますが、聞いた事は?』

「あ、そういえばあるかも。『諸葛孔明』って呼び方……」

 そうか、諸葛が名字だったのか……と納得するハルカ。

「じゃあ『諸葛公』の『公』は、敬称ってヤツ? 『さん』とか『君』みたいな」

『はい。……ところで、納得して頂けたのでしたら……』

「?」

『そろそろ、あなたのお名前もお聞きしたいのですが』

「あ」

 そういえば、名乗り忘れていたかもしれない。

「私の名前はハルカ。ハルカ公、って呼び方はしっくりこないから、呼び捨てでドウゾ」

『……「ハルカ」さん、ですか……』

 司馬懿が人差し指と中指を合わせてこめかみにやる。……どうも、この仕草は彼が考え事をする時の癖の様だ。

「どしたの司馬懿さん」

『いえ、少々思う所がありまして……』

「千八百年のどこかで、私と同じ名前の人と知り合いだったとか?」

『ええまぁ……そんな感じです』

「そりゃ、それだけ長い期間があれば同じ名前の人なんて何度も出会うでしょ。……それより、司馬懿さんの事って私の父にも紹介して良い?」

『ハルカさんの父上にですか?』

「司馬懿さんのいるカード、さっき父から貰った物なの。召喚できたよー、って報告したいから」

『そうだったのですか。勿論どうぞ』

 にっこりと司馬懿は快諾した。


 しかし数時間後。彼はその事を『迂闊だった』と後悔したかもしれない。

 父はその日の夜遅くまで、司馬懿のカードを好奇心いっぱいの目で見つめ倒し……

 そして夜通し司馬懿は、不思議な事が大好きなハルカの父との問答をする羽目になったのである。

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