拝啓 この手紙を手に取ってくださった方へ

Yuki@召喚獣

手紙を開きますか?

前略





 意味のない人生を送ってまいりました。

 私には、人の心というものがよくわかりません。他人がいったい何を考え、どう思い、いかなる感情を持って過ごしているかといったことがわからないのです。

 幼少期のみぎりはそうではなかったと思うのですが、今振り返ってみるとやはりそれらは積み重なってきたものなのでしょう。






 私には、学生時代に知り合い結婚した妻と、その妻との間に授かった娘がおりました。

 妻は華奢で美しく、艶のある黒髪を風になびかせた姿はまるで絵画のようでした。娘はその妻の血を色濃く継いだのか、幼いころから将来を期待されるようなかわいらしさを持った女の子でした。


 そんな娘が小学生のころ、私が仕事から家に帰ると妻が家におりませんでした。時刻はとっくに夜の八時を回っていて、小学生の娘一人を残して妻が家を空けていることが信じられないような時間帯でした。

 娘は妻が帰ってこないことを疑問に思いつつも健気に私の帰りを待っていて、私は妻のことを心配しながらもとりあえず娘に夕飯の準備をし、妻へと連絡を入れました。


 しかしその日何時までたっても妻からの返信はなく、私はろくに眠れないまま一夜が明けてしまいました。

 私は会社に事情を説明してその日を休みにしてもらうと、妻の勤め先や実家、共通の友人などに連絡を取り、妻の行方を確かめました。


 しかし返ってくる返事はいずれも妻の行方を知らないというものばかりで、私は途方に暮れてしまいました。そのうち娘が小学校から帰ってきましたが、相変わらず妻は帰ってきませんでした。

 そしてそれ以降、妻が家に帰ってくることは一度としてありませんでした。


 私は警察や探偵事務所、知り合いのつてなど、私なりに方々に手を尽くして妻の行方を捜してきたつもりでした。しかしながら、そのどれもが空振りに終わり、妻の行方に関して私は途方に暮れてしまいました。

 そんな日々でも、私には娘がおります。娘のことをほったらかして妻の行方ばかりに気を割いているわけにも参りません。


 娘にとっての母が突然いなくなったのです。その心の不安は私などよりもよほど大きいはず。早くに両親を亡くしていた妻と私では、頼るべき祖父母といった人もおらず、娘の世話は私がするしかないのです。

 私は妻の行方を気にしながらも、娘を一生懸命に育てました。


 片親だからと言って娘が寂しい思いなどしないように、残業の多かった会社から残業の少ない会社へ移りました。減った収入を補うために、在宅でできる副業にも手を伸ばしました。

 娘の学校ごとの行事やイベントには積極的に参加しました。また、そこで他の母親や担任の先生などから子供の話、女の子の育て方、思春期の子供との接し方など様々なことを聞きました。


 娘の将来に翳りがないように、片親だからと不利にならないように、私は私なりに私の人生をかけて娘を育てました。

 そのおかげか、娘自身の努力のたまものか、妻が失踪してから十数年たつ頃、娘は有名な大学を卒業し、それなりに名前の知られている企業に就職することができました。


 その娘が、結婚をしたい相手がいると私に申し出てきました。相手は大学生のころからお付き合いをしている男性で、私も何度か会話をしたことがある柔らかな笑顔が印象的な青年でした。

 彼の人となりも何となくはわかっていたので、私は娘の申し出を快諾しました。それと同時に私は心の中で、失踪した妻に娘が立派に育ったことを報告していました。


 そんな私に向かって娘から飛び出た言葉は、それまでの私の人生全てをひっくり返すような言葉でした。


 結婚式に母を呼びたい。


 娘は私に向かってそう言いました。

 実は娘は失踪した妻のことを知っていたのです。


 隣の県に男性と住んでいること。

 その男性との間に男の子の子供がいること。

 年に数回は必ず会っていたこと。

 私にそのことを黙っていたのは、母とその周囲の人間に口止めされていたからということ。


 私に何も言わなかったのは悪かったと思っている。でもどうしても結婚式には母を呼びたいのだ。

 泣きながら私に向かって訴えかける娘に、私は自分が何を言ったかを正確には覚えていません。


 おそらく


 呼びたいのなら、呼んだらいい。

 今まで苦しかっただろう。

 妻が生きていると知れただけでよかった。

 お前の一番きれいな姿を見てもらいなさい。


 というようなことを口にしたのだと思います。

 それから娘の結婚式で、私は十数年ぶりに妻と再会しました。


 時間は経てども妻は相変わらず華奢で美しく、艶のある黒髪をしていました。その髪や肌の艶を見ると、苦労せずにこれまで暮らしてきたのだろうというのが見て取れました。

 それに比べて私はどうでしょうか。娘のためにと寝る間も惜しんで働き生きてきた私は、白髪が目立ち、手は荒れて、肌の艶も張りもなく、疲れ果てた中年男性のようになっていました。


 妻は泣きながら私に謝罪をしてきました。

 その妻に対して私は、娘の晴れの舞台に似合わないことはしなくていいと、妻の謝罪を早々に受け入れました。


 結婚式はつつがなく進みました。

 一生に一度の結婚式です。娘夫婦を祝福する人たちに囲まれ、笑顔があふれていました。


 私も笑顔を浮かべていたと思います。いい大人でしたから、空気を壊さないようにするのは得意でした。

 周囲の祝福の言葉を受け取り、娘への祝福の言葉を口にしました。


 娘から『私たち』への感謝の手紙が読み上げられました。泣きながら手紙を読み上げる娘と、それを聞いて涙を流す妻。

 私は、自分でも驚くくらい何も感じていませんでした。


 結婚式が終わると妻との離婚届けを早々に提出し、私は今まで暮らしてきた家を引き払い小さな一人暮らし用のアパートを借りました。

 娘が私の元から離れると、私には何もありませんでした。


 私の元から失踪し、別の男と暮らし子供まで作っていた妻。

 そのことを知っていたのに私に知らせなかった娘と周囲の人たち。

 そして何も知らずに私の人生を捧げて娘を育てた私。


 なんと滑稽でしょうか。

 私だけが何も知らず、一人がむしゃらに生きていたのです。


 今まで、私は私の人生に後悔などありませんでした。

 しかし今、私の胸に去来するこの空虚感を後悔と言わずして、いったい何と呼べばいいのでしょうか。


 娘は何を思って、何を考えて私と暮らしていたのでしょうか。

 妻は、どうして私に何も言ってくれなかったのでしょうか。

 周囲の人間は、何も知らない私を見て心の中で笑っていたのでしょうか。


 私にはわかりません。娘や妻からは、もしかしたら都合の良いピエロのように見えていたのかもしれません。

 あれだけ愛情を注いで育てたつもりだった娘も、結局は妻をとったのですから。


 結婚式の後から、娘には会っていませんでした。会えば自分がどんな言葉を口にしてしまうかわからず、会うのが恐ろしかったのです。

 家を引き払い一人暮らし用のアパートに引っ越したのも、娘に会いたくないからでした。一人暮らしの狭い部屋では、なかなか夫婦で訪れる気にもならないでしょう。それと同時に娘や妻との思い出の残る家から離れたいという気持ちもありました。


 そんな明くる日、娘から「子供が生まれたから会ってほしい」というお願いがありました。

 このころの私にはもう、生きるための目標だとか、目的だとかいったものがなく、ただ毎日を何となく生きているだけの状態でした。


 孫に会いに行くという返事をするのは簡単でした。今までのことを自分の中で飲み込めたわけではありませんが、かといって確かな実感がなかったというのもこのころの自分の中では本当のことで、娘の結婚の話から続いていたこの胸の内に巣食う虚しさも、いつの日か流し込める日が来るのではと思っていました。

 娘夫婦の住んでいる街に移動し、約束の時間までまだ余裕があった私は、手近な喫茶店で時間をつぶそうと腰を下ろしました。


 その喫茶店では、誰かのお祝い事が開かれていたみたいで、賑やかで、それでいて穏やかな笑い声が響いていました。

 そこで私は、見てしまったのです。そのお祝い事を誰が開いていたかを。


 品のある壮年の男性と、それに寄り添う美しい妻。明るい笑顔の若い夫婦に、その腕に抱かれている赤ん坊。その夫婦に笑顔で話しかける若い男性。

 喫茶店の店員さんがこっそりと教えてくれました。昔から何かお祝い事があると、あの家族はこのお店にきて祝ってくださるんですよ、と。


 その時、私の胸に湧きあがった思いをなんと表現すればよいのか、私にはわかりません。こんなことならもっと本を読んで表現力を身に着けておくべきだった、と考えたところで、そういえば自分の人生にはゆっくりと本を読む時間なんてなかったなと思い直しました。

 私など最初からいなかったかのように、その家族はうらやましいくらいに家族として完成しているように見えました。


 私は、喫茶店から席を立つと、会計を済ませて店を出ました。これ以上あの空間にいて迷惑をかけるわけにはいかないでしょう。

 その夜、私は娘夫婦と結婚式以来久しぶりに会いました。通り一辺倒のお祝いの言葉と、出産祝いを渡して、家に泊まっていくよう勧めてくる夫婦の言葉を断り、私は一人帰路につきました。






 私には、人の心がわかりません。長年一緒に暮らしてきたはずの娘の心すらわからないのですから、他人の心などもってのほかでしょう。

 私の人生には、いったい何の意味があったのでしょうか。妻がいなくなり、娘のためにとがむしゃらに生きてまいりました。


 そのすべてが否定されたわけではないでしょう。無駄だったわけではないでしょう。それでも、現に私には何も残っているものはありません。

 私より苦しい人生を送っている人間など、ごまんといるはずです。その人たちに比べたら、私なんて幸せな方かもしれません。


 それでも、この胸の内にたまり続ける虚しさは本物で。

 いったい、どんな心をしていれば、人一人の人生を使いつぶして幸せそうに笑うことができるのでしょうか。


 私には、人の心がわかりません。これからわかることもないでしょう。


 意味のない人生を送ってまいりました。

 意味のない人生を送ることに、疲れてしまいました。


 この手紙を読んでいる方には、お見苦しいものをお見せして大変心苦しく思います。ただ、私の胸の内に抱え続けることはもう限界でした。

 私はもう休ませていただきたいと思います。このような内容の手紙で恐縮ではありますが、せめて、この手紙を読んでくださった方に幸福が訪れるように、微力ながらお祈りをさせていただきたいと思います。






草々

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