第十九話 技術の差?んなもん知らねぇ!!

それからの戦いは再び一方的なものになっていた。

飯垣が攻撃を仕掛けても丸井に当たることはなく、不意の死角から反撃が飛んでくる。かといって、守りに徹して後の先を取ろうとしても、気づけば丸井は視界の外におり、攻め手を読むことすらできなかった。


「流石はお姉さま。あの飯垣さんを軽くあしらえるなんて、やはり格が違いますわ。」


「そうだね~。流石は本家って感じ。やっぱり付け焼刃じゃ厳しかったかぁ。」


戦いを繰り広げている二人から少し離れたところでは、観戦組の二人がその様子眺めながら呑気にティータイムに興じていた。


「くっ、さっきからペシペシと舐めた攻撃ばかりしやがって。手加減なんかしてんじゃねぇ!」


苛立ち紛れに飯垣が振り払った右腕での反撃を、丸井は軽く避けながら冷静に反論した。


「心外だな。せっかく得た機会だ、すぐに終わらせては流石に悪いかと思って稽古に付き合ってやっているんだぞ?それに、手加減されるのが気に入らないのであれば、お前が私を本気にさせればいい。」


その言葉に飯垣は歯を食いしばり、拳を握りしめた。ようやく同じ舞台に立てたと思った途端に更なる実力の差を思い知らされた。だが、飯垣の表情に諦めの色はなかった。確実に一歩近づきはしたのだ。それに丸井の言う通りまだ勝負は終わっていない。


「本気にさせろ、だと?面白れぇ……望むところだ!」


飯垣は再び間合いを詰め、拳を放った。だがその拳は、相変わらず丸井に届くことはない。そのあとも飯垣は猛攻を続けるが、丸井は風に揺れる柳のように最小限の動きで身を躱していた。さらに、少しでも隙があれば容赦なく死角から反撃が飛んでくる。


――バシッ!


「ぐっ!」


飯垣の脇腹に鋭い一撃が入る。彼は一瞬息を詰まらせたが、すぐにその場を飛び退き、距離を取る。


「…私の攻撃に集中して僅かに打点をずらしているな。確かに相手よりも自分側の方が対処はしやすい。効果的ではあるが、防御が上手くなるだけでは私には勝てないぞ?」


「ちっ、んなこと言われなくても分かってんだよ。」


飯垣は額に滲む汗を手の甲で拭いながら、深く息を吸い込んだ。丸井の余裕たっぷりの態度に苛立つが、冷静さを失わずに考え続ける。


(ただ突っ込んでいくだけじゃ、絶対に勝てねぇ。空握とかいう技も今は自分の身を守るのがせいぜいだ。となれば、一矢報いるにはやっぱりしかねぇ。)


チャンスは一度きり。飯垣は猛攻を続けながらも慎重に機会を窺っていた。

そんな飯垣と対峙している丸井もその意図には気づいていた。


(……これだけやられても諦めずに向かってくるか。そろそろ終わらせようかと思ったが、まだ何か考えがある様だな。もう少し付き合ってやるか。)


そうして幾度目になるかも分からぬ交差のあと、そのチャンスは訪れた。

飯垣の突進しながら突き出した拳を、丸井は軽く飛んで躱していた。


(――ここだ!)


飯垣はオーバーヒートの能力を全開にした上でその力の方向を一点、落下途中の丸井に集中させた。

空握の修行の傍らで、密かに磨いていた切り札【オーバーブースト】によりライフル弾に匹敵する速度で飛び出した飯垣の拳が丸井に迫る。

空中かつ背後からの奇襲。いかに空握の力でも対処は困難なはずだった。

しかし、丸井は空気を掴むと無理やり体勢を変えて、その一撃を紙一重で回避した。だが、その衝撃までは防ぎきれず、服の袖が裂け腕に一筋の鮮血が走った。


一方、飯垣も技の代償を支払うことになった。刹那とはいえ限界を超えた超加速を制動しきれず、数百メートル先の竹にぶつかる。竹は大きくしなり、飯垣を地面に弾き飛ばした。そうして、地面を数メートル転がった後、飯垣の体はようやく停止した。

丸井は静かに立ち上がり、裂けた袖口を見つめる。


「…無茶をするものだ。私でなければ死んでいてもおかしくなかったぞ。確かに空握を破る最適解の一つではあるが、人の身でこんなことをやってのけるとはな。」


丸井はそう言いながら飯垣に近づくが、飯垣が起き上がる様子はない。


「おいおい。」


反応のない飯垣に近寄り確認すると心臓は問題なく動いていた。頭を打った様子もない。単に気絶しただけのようだ。


「まったく…飯垣、起きろ。」


頬を軽く叩くと、少ししてようやく飯垣が目を覚ました。


「うっ…っ!痛ってぇ。何が…!丸井!?っだ!」


「動こうとするな。あんな無茶をしたんだ。体への負担も相当なものだろう。」


飯垣は呻きながらも、拳を握る手に悔しさを滲ませる。


「……そうか。あれでもダメだったか。」


「そんなことはない。見事な一撃だった。」


そう言って丸井は体を少し傾け、血が滲んだ腕を見せた。


「だが、今の技は完全に制御できるまで人には使うな。生徒を犯罪者にするわけにはいかないからな。」


丸井は教師としてそう忠告もしたが、飯垣にとってはかすり傷とはいえ一撃入れられたことの方が重要だった。見事と言われたことにようやく認められた気がして、その顔には、わずかな笑みと共に満足感が滲んでいた。


「はっ、お前以外に使う相手なんかいねぇよ。」


そこへ影沼と八坂、そして後に続くように八坂の執事もやってきた。


「なんだ。意外と大丈夫そうだね。流石に少し心配しちゃったよ。」


「まったくですわ。気が付いたらすごい音がして飯垣さんが遠くで転がってたんですもの。って、お姉さま!お怪我をなさっているじゃありませんか!?マイアス、急いで手当を!ついでに飯垣さんも診てあげなさい。」


そう言われた執事の男マイアスはどこからか救急箱を取り出し、二人に近づいた。丸井は「ただのかすり傷だ」と言って遠慮しようとしたが、八坂は頑として譲らなかった。

そうして、二人が怪我の手当てを終えたところで丸井が口を開く。


「今日のところはこれまでだな。飯垣、修行の成果、確かに見せて貰った。僅か数か月でここまで成長したのは正直驚きだ。しかし、自身で制御できないものは技とは言えない。私を超えたければそれを忘れないことだ。」


そうして、八坂とマイアスさんに手当ての礼を言うと、丸井は一人で帰っていった。


「制御かぁ。確かに丸井先生が言うと説得力があるなぁ。」


「俺だってやりたくてあんなことやったわけじゃねぇんだけどな。」


去り際の丸井の言葉に影沼は納得するように頷き、飯垣は言い訳のようにそう零した。


「で、舞人。今日は立てそう?また肩貸そうか?」


「あぁ、悪いけど頼む。正直疲れた…」


「はいはい。そういえば、八坂さんは先生に付いて行かなくて良かったの?」


飯垣に肩を貸しながらそう聞く影沼に対して、八坂は丸井の去って行った方向を見ながら静かに答えた。


「えぇ。お姉さま、一人になりたそうでしたから。」


「ふぅん?まぁいいや。それじゃ、帰ろうか。」


そうして飯垣達も竹林を後にした。


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「油断したつもりは無いが、まさか傷をつけられるとはな。私もまだまだ未熟ということか。より一層精進しなければな……」


帰り道、丸井は今日の勝負を思い出しながら、そう独り言ちていた。

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