その謎、私が解きましょう!

鏡水たまり

第1話

 注文したコーヒーが来るまでは、仕事をせずに店内を眺める。癒しの時間だ。

 喫茶店よりおしゃれで、カフェというには上品なアンティークの品々。シャーロックホームズ好きの私にとって、この店は、まるで自分が物語の中に入ってしまったかのような錯覚を起こす。

 そして、それは、仕事をとても、よく捗らせるのだ。


 今日の席からは、藍色のティーカップがよく見える。

 夜空のような深い藍に金色で植物のような装飾が、カップとソーサーを取り巻いている。ティーカップの底は、陶器の白で藍と金の美しさをより引き立てている。ソーサーの下にもう一枚ソーサーがあるのはなんでなんだろう。

 分からないけど、三重になった藍と金の輪は豪華で、特別な時に使うティーカップなんだろう。

 きっと、高貴な依頼者はお茶の招待を建前に、探偵へ相談を持ちかけるのだ。

 そんな想像をゆらめかせていると

「マスター、ドアが開かないよ」

 客の一人が店を出ようとしたのだろう。

 マスターがカウンターから出てきて、

「ドアノブを回しながら、押すんです。この扉もアンティークなので、ちょっとしたコツが必要で、あれ。本当に開かない」

 トラブルの予感に、聞き耳を立て始めたのは、私だけではないだろう。


「扉が壊れたのだろうか?」

「押すと動くので、扉の問題ではないと思うのですが」

 若い頃はさぞ美人だったのだろう。その名残のある顔は、年を経て四十代に差し掛かったマスターにミステリアスな美しさを添えている。

「マスター、裏口から出で扉を確かめておいで。私はこちら側で待っているから」

「それがこの店、裏口がなくて……出入り口はここだけなんです」

「もしかして、私たち、閉じ込められてしまったのです?」

 聞き耳を立てていたマダムの声をきっかけに、不安な表情が客に広がる。


「窓は? 窓からは出れないんですか?」

 スーツの男が立ち上がって、マスターに質問する。

 確かに空調を利かせるために、窓は閉まっている。ハの字に眉を下げたマスターは

「ここの窓は押して斜めに開く窓なので、人が出る隙間はないかと」

 アンティークな雰囲気を損なわないために、こだわったであろう滑り出し窓に、そんな盲点があったとは。

「警察、警察を呼びましょう!」

 マダムの高い声はよく響いた。

 どんな理由か分からないのに、警察に助けを求めるのは不恰好だが、それが良案だろう。見知らぬ通行人に「閉じ込められたんで、助けてください」と言っても、不審な顔をされて逃げるように去られるのが目に見えている。

 今日も探偵は不要か、とがっかりしていたのだが

「え、ちょっと警察は……」

 顔色を変えたマスターがマダムに駆け寄る。

「本当に、警察だけは! お願いします!」

 ドナドナされる子牛のような表情で、マスターは流れるように跪いて、マダムの手を取る。瞬く間に一枚の絵画が出来上がってしまったではないか。

迫り来る美中年の顔面の圧力に負けたのか、

「ま、マスターがそう言うのなら?」

 とあっさり折れてしまったマダム。

 他の客も、マスターの人徳かその美貌のためなのか、警察を呼ばないことに同意し、話は振り出しに戻ってしまった。

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