Arc(h)

雨宮照葉

Phenomena@run

 夕陽が木立の影を濃くするとある山中、一心不乱に目の前の岩を飛び越え続ける。木の根やら茂みやらに足を取られたら終わりだ。確実に追いつかれる。必死に足を動かしながら五感を研ぎ澄ます。追手は今どこにいる?

 森の中は常に大量の情報が氾濫している。右後ろの落ち葉の下では何かが餌を探しているし、左側面の低木では何かが囀っている。そして追手はそれらに紛れる術をよく知っている。動く限りに動かしている両耳からは全く必要な情報が入ってこない。鼻にも髭にも。自分を追い立てる者の正体など知らぬまま、ただひたすらに走る。追いつかれたらおしまい。わかるのはそれだけ。

 毛皮にされたり剥製にされたりと人間に捕まった同胞たちはそれは酷い目にあっているらしいが、今だけはその程度大したことではないと思える。ここまでの能力を持った人間がいるはずがない。これまで何人を迷わせてきたことか。それに比べてこの追手は何なんだ。山にわんさかいる獣とも何かが違う。人でも獣でもない。まさか___

 気がつくと落ち葉まみれで倒れていた。どうやらかなりの距離を転がり落ちたらしい。この辺りのことなら知り尽くしていると思っていたが、どうも目に入る景色に覚えがない。それに、何の気配も感じない。助かったのだろうか?そこで、やっとそれに思い至った。いや、思い至らせられた。俺は助かっていない。俺は追いつかれたのだ。俺に現実を突きつけたのはちらと視界に揺らめいた自分の尾だった。二本目の、尾だった。


 郊外に立つ蔦に覆われたアパート、その唯一埋まっている部屋。彼は山とつまれたぬいぐるみや人形たちに混じって淀んだ空気に生気のない眼差しを投げていた。暗く重い空間の一歩手前で問いかける。

「お前飯とかどうしてんの?」

「いらんわそんなもん」

 私の質問に答える時もその目は動かない。瞬きさえしない。

「いつまでそこにおる気や?招いたったんやさかいはよ上がれや」

 わざわざきてやったのに何なんだこいつは。

「長居する気はない。何の用もないなら今すぐ帰るし今年の祭りには呼ばないぞ」

「そら困るなあ」

 ついにその目がこちらに向いた。黄金色の、その瞳が。

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