14話 船の上 夜空の下 波の中で
「ただいま、アーリ。」
「おかえりなさい、先生。遅かったですけど何かありましたか?」
先程の屋台の事件のため僕は明日のチェックアウトまで闇市に出ることは禁じられた。
しかし、夕食がまだだったので先生に闇市内の屋台で食料を買いに行ってもらっていて、先生は今帰ってきた。
「いや、少し道草を食ってしまってな…それとこれは美味いぞ。」
先生が渡してくれた茶色い袋を開けると中にはローストビーフと新鮮なレタス、そしてスライスされたゆで卵のサンドウィッチが入っている。
僕は1度それのにおいをかぎ、1口食べた。
相変わらず味はあまり感じないが、変なものではないことはわかった。
「闇市にも普通の食べ物があるんですね。」
「あるに決まっているだろ。人の基本のひとつは食べること。どれだけ優れた魔術師でも不死身でない限り食べなければ生きられない。こういう場所にも自然と飲食店というのは少ないながらできていくんだ。」
「なるほど…?」
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まだアルカニオは知らなかった。
さっきの賭博の屋台からアルカニオ達を密かにつけている影が1つ存在していたことを。
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闇市にいった翌日、無事チェックアウトをすませ行きと同様、鉄道に乗りウラジオストクまで帰ってそこからクルーザーで太平洋に出た。
帰りは幸運にもロシアの巡視船に見つかることもなく無事に出国できた。
そして、僕達は今、 太平洋のどこともしれない場所でエンジンを止めてゆっくり過ごしている。
穏やかな夜で、僕の左目には空に輝く月と星の光がうつっている。
静かに揺れる波の音と先生がかけている音楽が混ざり心地がいい。
さっきまで船酔いで散々だった僕の心を落ち着かせてくれる。
「船酔いはどうだ?」
「だいぶ楽になりましたよ、ありがとうございます先生。それといい曲ですね。」
おそらく日本語で歌われているだろう曲の感想を言った。
「旅の途中と終わり、そしてその夜にピッタリな曲だ。」
先生はそう言うとロシアであらかじめ買っていたワインのボトルをあけ、グラスに少し注いで飲み干した。
「先生…」
「なんだ?」
「ロシアに行く前から聞きたいことがあったんですよ。なんでカナダの家の前に『CELL』があったんですか?しかも丁寧に木箱に入って。それでなんで先生はそんなに『CELL』について詳しいんですか?教えて…ください。」
さらにワインをグラスにつぎもう一度飲み干すと僕の方を向かないまま先生は喋りだした。
「私は…元々、魔術協会の暗部で働いていた。汚れ仕事も随分引き受けた。もうとっくに引退したが、たまに魔術協会の方から仕事の依頼がくる。もちろんすべて断っていたが…」
「すいません…言いたくないことだったらもうこれ以上は…」
「いや、こうなった以上お前に話すべきなんだ。
なぜ、あの日『CELL』が家の前にあったのか。それは魔術協会から争奪戦に参加しろと言われたんだが、断った。しかし協会側は無理やり自分たちで集めた『CELL』を押し付けてきた。それで…」
「僕が先に見つけてしまったと…」
「そうだ、『CELL』について色々知ってたのは協会から資料が送られてきたからだ。」
「なら、本来争奪戦は…」
「私が出るものだった。でも、運命だと思ったんだ。『CELL』は宿主であるお前の体を癒しそして日々死に絶望していたお前に生きる希望を与えた。アルカニオ、それをすべて集める気はあるんだろ?」
「はいっ、先生。僕は必ずすべて集めてみせますよ。」
そういうと先生はグラスをもう一つだしてどちらにもワインを注ぎ1つを僕に渡した。
「酒は飲んだことはあるか?」
「いや、おぼえてる中ではまだありません。」
「なら…今日が最初だ。」
差し出されたグラスを受け取る。注がれたワインは血のような深い赤だかれど、夜空からの光を反射し優しく光る。
「魔術協会は他の直属の魔術師にも『CELL』を与えているはずだ、お前はそいつらを倒し進まなければならない。その覚悟がお前にはあるか?」
ゆっくりと深呼吸をして先生の言葉を噛み締める。
「とっくにできてますよ。」
「そうか…アルカニオ・パラ・ド・プラチナの勝利、そして『CELL』の両方に 」
ふたつのグラスは小さな音を立てて当たる。
おそらく人生はじめてのワインを一気に飲み干すと、喉に熱いものが通るような感覚に襲われ少しむせてしまった。
それを見て先生はおだやかに笑う。
「それと、アーリ。乾杯の時グラスを当てるのはマナー違反になる時があるから気をつけろ。」
夜空の下 波の中で船は揺れ、その船の上で2人は静かに過ごす。
to be continued
序章 完
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