第5話
ボンヤリと目を開けると、天佑と視線が合った。
(しまった。寝坊した!)
慌てて起きあがろうとすれば、「まだ良いだろう」と天佑に咎めれる。そしてわたしを抱きしめたまま、彼がじっと顔を覗き込む。
(わたしが眠っている間もこんな風に見ていたの?)
強い視線に羞恥が膨らむ。
(よりにもよって寝顔を晒しちゃうなんて……!)
自分だって天佑の寝顔は見ていたけれど、美形な彼の場合であれば、眠っている顔ですらさまになっていた。対して、わたしが眠っていた姿なんてただの間抜けヅラじゃないだろうか。
(……起こしてくれたら良いのに)
そう思ったものの、彼の顔が蕩けるように甘やかだったので、それに負けて口を閉ざす。
(美形ってずるい)
わたしも天佑のように隙のない美貌があったのなら、寝顔を見られても動じなかったのだろうか。
なんだかわたしばかり動揺している気がする。
「……琴葉は起きてからすぐにコロコロと表情が変わるのだな」
可愛いと呟かれて、頬に触れられた。しかし彼の手が冷たくて、身体を竦める。それは拒絶に似た仕草だと自分でも思った。
「私に触れられるのは嫌か?」
「違います。冷たかったから驚いて……」
わたしの答えに、天佑が目を瞬かせる。そして独り言のように彼が呟く。
「そうか。私の手は冷たいのか」
彼の顔がなんだか寂しそうに見えて、戸惑いながらも、自分の手をそっと彼の手に重ねてみる。
「自分にとってはこの体温が当たり前だと思っていた……けれど琴葉の手は暖かいな」
ふわりと微笑う彼の顔に胸がドキリとする。その笑みが儚く映って見えたのはどうしてだろう。
***
朝議に向かうため、天佑が部屋を出て行こうとしていた。彼が執務をしている間、自由に過ごして良いと言われている。そして彼がわたしに用意したのはもう一つ……貴妃としての身分だ。
そのような身分は頂けない。第一、本当に人違いだと分かったらどうするんです、と謝辞したものの彼は「問題ない」と言い切った。
「きっと賭けには私が勝つーーであれば、お前は必然的に正妃に繰り上がるだろう。今のうちに後宮に慣れておくと良い」
唐突に絡まった視線。先に逸らしたのは意外にも天佑の方だった。
「それに身分はお前を守る盾になるはずだ」
そう言って、彼は部屋を出ていってしまった。
***
天佑と入れ替わるようにして女官達がやってきた。彼女らが手にしていたのは豪奢な衣に、宝石があしらわれた簪。それらを着せられ、化粧を施される。テキパキとした作業につい流されそうになる。
「あ、あの……」
「何か不足がございましたでしょうか?」
「いえ。そういう訳では……」
自分よりも明らかに育ちの良い彼女らに傅かれるのは落ち着かなかった。けれど、彼女らは気にする様子もなく、朝餉の準備まで終わらせる。
眩い笑顔で「貴妃様」呼ばれると、本当はそんな身分ではないのだと後ろめたさが増していく。
(それにわたしは『琴葉』じゃないのかもしれないのに)
天佑はわたしが『琴葉』だと思っているから、丁重に扱っているに過ぎない。もしも本当の『琴葉』が現れたらわたしなんてお払い箱になるのだ。
(だってわたしは『琴葉』じゃないもの)
彼の関心がこちらに向いているのは今だけだ。きっと偽者だと分かれば、わたしに用はないのだから。不意にチクリとした痛みが胸に走る。
それに気付かなかったフリをして、女官らの言葉に応対した。
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