第6話 10月29日 2

ロジョーに聞いたことがある。医療センターを退職してから、どうしていたのかと。エリア3内では基本的に飢えによって終わることはない。自動販売機を押せば、缶に入った配給食がいつでも無料で手に入る。エリア3の中心の地下には原子力発電部があり、完全に自立した機械によって管理されている。無限の電力を受けて機械は、かつて人が行っていたあらゆる労働の代わりとなり、文明を延命させるための雑用を引き受けていた。配給食も工業野菜の栽培、加工から自動販売機への補充まで全て自走する機械によって成り立っていた。なにも明日の糧を得ることに憂慮しなくともよいのだ。ロジョーが言うには、郵便屋さんをしていたらしい。そこらのうちひしがれた人に声をかけては、どこへでも手紙を書いて届けてやると触れ回ったそうだ。ロジョーは読み書きが出来たため、大抵は代筆してやった。それをどうするのかと聞けば、適当な日に鉄橋の上からバラ撒いたそうだった。楽しい。それに喜ばれる。ロジョーの屈託ない笑顔をいつまでもみていたかったが、それは欺瞞だと水を差してしまった。ロジョーは構わず話し続けた。読み書きができる輩には英語で書くといって、いい感じにミミズ文字を走らせる。すると、いたく感心した様子で感謝されるのだという。趣味が悪い。しかし、ロジョーは特に悪びれた様子もなく布団に潜ってしまった。


ロジョーがなんのためにそんなことをしていたのか理解できなかったが、川に散る手紙は少し見てみたかったとおもった。

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