第5話 10月29日 1
高架線の足元を影のように這う川はエリア3の血管とも言えるだろう。川は大型の積み荷を輸送するのに都合がよかった。
川には輸送船が浮かび、建築材を運んでいた。時折見える屋形船は卑猥な色香を漂わせていた。
東西南北の各駅間には資材置き場が設置されていた。武器庫も兼ねており、弾がなくなれば、好きなだけ持って、管理簿に記入すればいいらしい。これまで一度も使ったことはなかったが。
北北東資材庫に立ち寄ったのはロジョーから聞いた噂が理由だった。なんでも、前時代の国だか地方公共団体だかが、災害時に備えて医薬品の一部を北北東資材庫に一部保管しており、今もそのままなのだという。どう考えてもデマだと思った。そもそも北北東資材庫はエリア3が資材庫として死に体であった当時の鉄道会社から接収したただの駅である。保管できるスペースも限りがあり、あったとしても接収時に全てエリア3が回収しているだろう。
しかし、噂が立つ理由もある。前時代の医療機関等はすでに略奪の限りを尽くされているが、北北東資材庫に程近い総合医療センターはつい3年程前まで稼働していた。ひとつは人間による自治圏があり、持続可能な医療体制の維持を掲げていた。麻酔のない外科処置等、狂気の沙汰であったが、エリア3の人間は自ら命を絶つ以外に痛みから逃れるにはここしかなかった。北北東資材庫は北駅の管轄であるが、北北東資材庫の一部は総合医療センターの分室扱いとなっていた。各駅にて負傷者が出た場合、緊急列車によって搬送し、北北東資材庫にて処置を行うこととなっていた。当然南西側から運ばれる負傷者はトリアージによりそのほとんどをブラックとするため、実効性には疑問が残るものの、人類として救命活動を行うということに意義があるものなのだと今になっては評価できるものだった。
麻酔があるのなら、なによりだろう。
究極の安楽とも言われるほどである。
眠るようにそのまま終われるそうだ。
そもそもロジョー自身、元々は総合医療センターの看護助手であった。センターの封鎖前に退職し、今ではこの街に生きる立派な不眠者となった。その当人が分室が怪しいというのである。もちろんロジョーがその話を私にするということは当の昔にすでに探しつくし、諦めてしまったからだろう。今日の哨戒ルートは東駅から北東北資材庫までであったが、あえて北駅の北北東資材庫まで足を伸ばした。毎日人員が減る職場でいちいちそれを規律違反だと喚く輩はいなかった。
薄暗い世界のなかでも、一際陰気な北北東資材庫はぼやけたLEDに照らされていた。
なにもかも忘れてしまいたい。そして、深く眠りたい。この世界で追及した幸福とは安息よりも安眠であるするとすれば、やはり人類は病んでいるんだろう。
資材庫は湿っぽく、少し扉をあけると大量の埃を浴びた。散々むせて息を整えているうちに萎えて、結局さっさと戻ってしまった。
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