狐の嫁入り

 むらたばかりでまだともだちもいなかった5さいごろ、やま神社じんじゃきつねとよくあそんでいた。おもえば、あの狐と遊んでいたときには喘息ぜんそく発作ほっさなかった。動物どうぶつとはそれでえなかったはずなのに。不思議ふしぎなことだった。


 そのころ、ゆめた。


 おんなひとが出てきた。


「わしはいつもおぬしたわむれておる狐じゃ!」


「きつね、さん? でも……」


「ん? ああ、人のなりをせんと人とははなせんじゃろ。どうじゃ、この姿すがた! かわいかろ? かわいかろ!」


「うーん……。よくわかんない」


「チッ。どもじゃのう。まあ、よいわ。ながひまめてくれたれいをしてやろう! ありがたく思え!」


「ぼく、そんなつもりじゃ……」


「ういやつめ。だが、わしのまん。とにかくねがいをいってみろ」


「うーん……。じゃぁあ」


「うんうん」


「ぼく、ここにずっとすんでたいな! まちよりこっちのほうがいい!」


「なんじゃ、よくのない」


「ダメ?」


「うぅ……。かわいいかおしおって……。よいよい。それならそれでかんがえがある」


「かなえてくれるの?」


「ああ! ……ほどよく、わしの願いともかさなるしな」


「きつねさん、わるいおかお」


「ほっとけ! ともかく、大人おとなになるまでっておれ! お主が願いわすれねば、きっとかなえてやる、わしがな! わしみずからがな!!」


 しばらくして、移住いじゅう若夫婦わかふうふ待望たいぼうの子どもがさずかった。世話役せわやくだったじいちゃんもばあちゃんもがことのように大喜おおよろこび。たまのような女の子だった。


 狐はいなくなったけど、ぼく年下とししたおさななじみが出来できた。


 ▼▼▼


異類婚姻譚いるいこんいんたん


 いにしえには東西とうざいわず、人が人ならざるものとむすばれるはなしおおい。


 まれてきた超人性ちょうじんせいがそなわるのはトーテミズム(自らや部族ぶぞく始祖しそを人ならざるものとする信仰しんこう)の神話しんわにもつながる。異界いかいとの交流こうりゅうをそこに見出みいだかんがえもある(国際日本文化研究こくさいにほんぶんかけんきゅうセンターもと所長しょちょうげん名誉教授めいよきょうじゅ小松和彦こまつかずひこ)。


 狐は「命婦みょうぶ」「専女とうめ」のふる異名いみょうもあるように、女性じょせいけることを得意とくいとする。そのため、「異類女房いるいにょうぼう(人ならざるものの嫁入よめいり)」パターンとしてはポピュラーな存在そんざいである。おとこに化けられるのはとくたかい狐にかぎられるとも。和尚おしょう(男)に化ける狐としては、狂言きょうげんのモデルともなった「白蔵主はくぞうす」などがある。


 もっとも古い「狐が人の女房になる」話は「きつね」の由来譚ゆらいたんとして「霊異記りょういき」にる。「霊異記」、ただしくは「日本国現報善悪霊異記にほんこくげんほうぜんあくりょういき」は日本最古さいこ説話集せつわしゅう平安時代へいあんじだい初期しょき成立せいりつ)とされる。


 人ならざるものとの婚姻、とくに異類女房ではてして別離べつり離婚りこん)でわるパターンがおおい。男が禁忌タブーやぶるからだ。雪女ゆきおんなつる恩返おんがえし、はまぐり女房、天女てんにょ羽衣はごろもなどの昔話むかしばなし、あるいは晴明せいめい伝説でんせつに見られるくずのように。婚姻の解消かいしょうは異界との隔絶かくぜつ意味いみするとも(どう小松和彦先生せんせい)。


 時代じだいわっている。幻想げんそうの異界をれられなかったから、現実げんじつの異界(外国がいこくであったり、自分じぶんとはちがう考え方であったり)を受け入れる世へ。タブーをおかさない、適度てきど距離感きょりかん人間にんげん同士どうしでも円滑えんかつ関係かんけいもとめられるものだ。

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