第7話 スライム時々ウルフ、稀に……
酒場でユナと飲み交わした翌日。
宿屋が一緒ならギルドじゃなくて宿で待ち合わせでいいよね。ということに気づいたのは各々部屋に分かれた後だった。ユナも気づいていないかもしれない。下の酒場で待っていてすれ違いになっても困るし、とりあえずギルドに行ってみよう。行き先も決めていないからね。
ギルドに着くと出入り口で待ちぼうけしているユナの姿が目に入った。手を振りながら近寄る。こちらに気づいたみたいだ。
「すみません、宿で待ち合わせにすればよかったですよね」
「わたしもギリギリまで気づかなかったし、しょうがないよ。とりあえず中に入って作戦会議しよっか」
集会所のテーブルで今日の予定について話し合う。
ラッシュアワーは外しているはずなのに、ギルドの中は喧騒が絶えない。さすが大都市だ。
「とりあえず今日はお互いの実力を見せるってことで、あんまり無理はしない方がいいと思うんだけどどうかな?」
「そうですね、スライムやシマウルフを相手にできればいいと思います」
「都合のいい狩場は……この辺かな」
昨日資料室で写しておいた周辺地図を広げる。町から出て東にポツンと飛地になった森がある。生息する魔物は主にスライムとシマウルフ。わたし1人でも何とかなる魔物だし大丈夫だろう。
「そこが良さそうです。立ち回りなんかは移動中に相談しましょう」
東門に向けて、2人並んで大通りを歩く。途中で朝ごはん用にリンゴもどきを、お昼ご飯用にマンゴーもどきを買う。
ユナも似たようなものを購入していたので、わたしの食生活はそこまでおかしいものでもないようだ。比較対象が今までヴェニーしかいなかったから自信が持てなかったのだ。彼も新人冒険者だったしね。
「リンさんは魔法を使えますよね?どうやって遠くまで飛ばせるか知っていますか?」
リンゴもどきをしゃくしゃくと齧っていると、ユナに聞かれたので正直に答える。
「わかんない。わたしも近距離でしか使えないからね」
そういえば自己紹介の時にそこに関しては言及しなかった。ユナからしてみれば、わたしが遠距離で魔法を使えると思ったのかもしれない。これはわたしの説明不足だ。
「ごめんね、期待させちゃったみたいで」
「いえ、わたしは魔法しか取り柄がないのでそこを伸ばしたいだけなんです」
「ユナはどうやって魔法を覚えたの?わたしはなんとなく使えたらいいなって思ってたら使えるようになったから、人に教えれるほどじゃないけど」
「冒険者になった時に、初心者講習の一環でパーティを組んで遠征したんです。その時に水魔法があったら便利だなと思ってたら覚えました。風魔法は濡れた服を乾かすのに便利だなと思ってたら覚えてました」
ヴェニーが言ってたな、『位階が上がる』って。要はレベルアップで増えたSPを無意識に水魔法と風魔法に振ったんだろう。
「位階が上がったんだろうね、知ってる?位階が上がると強くなるって話」
「聞いたことはあるんですが、あまり詳しくはありません……」
「えっと、今までに何回、どんな魔物を倒したか覚えてる?」
顎に手を当てて、ユナが考え込む。
「自分でトドメを刺したのは、20匹から30匹ですね、スライムがほとんどで、あとはシマウルフが数匹です」
そうなると、多分ユナのレベルは3かな。わたしの経験則から言うとだけど。自分以外の人のステータスは見えないからね。
わたしは初期レベルでSPが5あったけれど、現地人はそうじゃないかもしれない。
「これはわたしの持論なんだけどね……」
東門を抜けながら、わたしはユナに位階の上げ方とスキルの取得方法を説明した。面倒なので位階をレベルと呼び、ユナは多分今レベル3で、スキルを覚えるためのSPが足りない。レベルを次の4にするためにはスライム換算で20匹、5にするためには60匹は倒す必要がある。そこまで倒した段階で、風か水魔法の射程を伸ばしたいと強く望めば、成長できるかもしれないと伝えた。
「ちょっと見ててね」
持論に説得力を持たせるために、その辺の石ころを拾って50メートルくらい先の細い低木を指差す。
「わたしは今投擲がレベル2だから、あの木を狙って石を投げて当てることができる」
良いところを見せたいのでちょっと集中して石を投げる。石は直線軌道で木にぶつかって枝を折った。
「凄いです!」
パチパチと拍手しながら驚いてくれている。頑張った甲斐があって嬉しくなる。
「リンさんは天才です!」
わたしはステータスを見れるっていうズルをしてるので、そう褒められると申し訳なくなってくるね。
「まあ、こう言う感じで強くなっていくみたいだよ。だけどレベル1にするのにはSPが1でいいんだけどレベル2にするためにはSPが2必要なんだ。だから何かに特化するためにはSPを貯めなきゃいけない。それを知らないと広く浅くの器用貧乏になっちゃうんだ。レベルは上がれば上がるほど上げづらくなるからね」
「わたしが遠いところに魔法を飛ばすためには、スライムをあと60匹倒すまでは我慢しなきゃいけないんですね」
「水魔法と風魔法のどちらかをレベル2にするならね。あくまで仮説だよ?わたしは雷と水と土のレベル1だから、魔法のレベル2の経験はないもん」
工夫次第でレベル1でも距離を伸ばすことはできると思うけど、手っ取り早いのはレベルを上げることだろう。
「攻撃に優れている魔法と、そうでない魔法もあるからね。水魔法は攻撃的じゃないと思う。雷は強いけど、多分あまり距離が伸びないと思う。土はどうだろう、場所を選びそうかな。風魔法ってどんな感じ?」
「風魔法は、レベル1で距離が5メートルくらいです。威力は、こんな感じです」
そう言うとユナは近場の木まで近寄って行って、魔法を発動した。何かが飛んでいくような風切り音がした後に、腕くらいの太さの木に半分くらいまで切れ目が入っていた。
「結構火力あるね。見えないし、遠距離から飛ばされたら避けられないし致命傷になりそう。レベル1でも十分強いよ」
「最初は突風を出すだけだったんですけど、色々と試しているうちに斬撃を飛ばすことが出来るようになりました。近距離で戦える才能があれば、それなりに強いと思うんです。でも力も弱いし、足も遅いし、打たれ弱いので……」
今までそれで苦労してきたんだもんね。わたしもパワーファイターじゃないから気持ちはよく分かる。
「わたしも体格が劣っているから力が弱くて、仕方がないから速度と器用さで近接をやってるよ。得意を伸ばした方がいいと思うから、ユナは魔法使いとして成長した方が大成すると思う、多分ユナはわたしより魔法を使える回数も多いはずだよ。わたしは……確かレベル3の時は10回くらいしか使えなかったはず」
「私、今19回まで使えます」
「ほら、同じレベルで2倍近く違うんだから、やっぱりユナは魔法使いが向いてるんだよ。自信持っていいんだよ」
さっきよりも、ユナの表情が良くなってきた。強くなれば自信も付くだろうし、レベル5になるまでユナ優先でフォローしてあげよう。そうすれば結果的にパーティの総合力が上がってわたしにとっても都合が良い。
それにしても転生特典のSP5はかなりのサービスだったんだなと今更になって実感する。これがなかったらえーっと、今のレベルは9だから、雷魔法を覚える余裕はないし投擲術も取れない。ホブゴブリンで詰む。走術が取れないからヴェニーはお気の毒だ。そもそも短剣術と気配察知無しでスライムを倒さなきゃいけない。ハードすぎるよ。
「風魔法をレベル2にしたいです、戦力として頭数に入らないと。この先わたしは冒険者としてやっていけません」
「まずはそこまでだね、2人なら何とかなるよ。ほら、森に着いた。索敵と足止めはわたしがやるからトドメをお願いね」
目の前に広がる森を前に、ユナは静かにやる気を漲らせていた。
◽️◽️◽️
スライムは小石で削ってから杖で叩く。ウルフは短剣の腹で殴ってから風魔法を使う。
最初こそ手加減に苦労したけれど、途中からは流れ作業だった。わたしが釣って、弱らせて、ユナ様どうぞ。釣って、殴って、ユナ様トドメを。わたしは完全な接待プレイに徹した。申し訳なさそうにしてたけれど最終的にはこっちの方が早いからと説得して、接待プレイは続いた。
「今ので何匹目?」
「スライムが13、シマウルフが9ですね」
ユナが指折り数えて報告する。シマウルフは1匹でスライム何匹分だろう。5匹くらいだとして、そろそろスライム60の目標は達成できたんじゃないかな。
「ユナ、多分そろそろ目標達成したと思うから、例のやつをやってみてくれる?ダメそうならまた狩れば良いし」
「……分かりました」
「風魔法、遠距離、威力を強く。この3つを強く意識して」
「はい……風魔法を強く、遠くに、風魔法を強く、遠くに……出来たと思います」
期待と不安が入り混じった表情のユナに頷いて、指示を続ける。
「じゃあそうだね、今までの最大距離の、2倍から少し近いくらいの距離の木を選んで、撃ってみようか。どれにする?」
杖でユナが指し示す。ユナから見て10メートル弱くらいのところに、腕くらいの太さの木が1本立っている。
「何が起こるか分からないから、わたしはユナの後ろにいるよ」
目の前がハリケーンでも通ったかのようになるかもしれない。巻き込まれたら大変だ。
「では、撃ちます」
ユナの魔力が動いているのが分かる。魔力が左腕から杖に流れて、陽炎のような揺らめきが目標の木に向かって撃ち出されるの肌で感じた。
キィィィィィンと空気を切り裂くような金切り音が響いて、ゴッという鈍い音が聞こえた後、目標の木が音を立てながら崩れ落ちた。
成功だ。
「やった!成功だよ!凄いね!ユナ!ユナ?」
ユナの肩を後ろから叩いて喜びを分かち合いたいのに、ユナから反応がない。
不安になって前に回り込んで顔を見ると、ユナが涙をぽろぽろと流して泣いていた。
「大丈夫?どこか怪我したの?」
「違っ、違うんです。私、嬉しくって。つい……」
恥ずかしそうに袖でゴシゴシと、涙を拭く。
「良かったね、嬉しかったんだね。ほら、そんなんじゃダメだよ。ハンカチ貸してあげるからこれで拭いて」
「はい、すいません、ありがとうございます」
頭を撫でて慰めていると、しばらくして落ち着いたみたいだ。顔を上げるとユナが嬉しそうに笑っていた。
「リンさんのおかげで、たった1日で私の悩みが全て解決しました。ありがとうございます」
「わたしも魔法の距離を伸ばしたかったし、いい検証になったよ。ユナを実験台にして得したね」
「はいっ、得しました」
冗談を聞いて、嬉しそうに頷く。
「そろそろ帰ろっか、今日の目的は達成した、し……」
気配察知に大きな気配が引っかかる。そちらを振り向くと、ホブゴブリンが1体、のしりのしりと歩いているのが見えた。どうやらニアミスしたようだ。あちらはまだ気づいていない。
「伏せて、ホブだ」
ユナの頭を抑えるようにして下げさせる。わたしは辺りの様子を伺う。どうやら1匹だけのようだ。取り巻きのゴブリンもいない。
「えっ、ほんとだ……どうしよう……」
喜んでいたのも束の間で、不安そうに怯えるけれど心配することはない。
「わたし1人でも倒せるけど、せっかくだしユナが倒してみようか」
にやりと笑みを浮かべながら提案すると、恐る恐るも、ユナが杖を握りしめてわたしに頷いた。
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