第5話 ◼︎メイドがいる、メイドしかいない

 いつもどおり、冒険者ギルドで新顔の冒険者を探す。


 条件は厳しい。女性のみ。男でも構わないが、その場合は他のパーティメンバーに女性がいること。私1人で男性パーティには入れない。流石に無防備が過ぎるからだ。自分が女として魅力的な体をしているとは思わないが、女なら腕が無かろうと、胸が小さかろうと構わないという男はいるだろう。


 ピルサスの街から逃げるようにロパリオに来て、10日が経った。その間私は碌に稼げていない。宿代で路銀が少しずつ減っていき、もう残り少ない。そろそろ覚悟を決めて娼館に駆け込む頃合いかもしれない。腕がないのを喜ぶ客もいるだろう。人の欲望には果てが無いのだから。


 スライムくらいであれば、私1人でも何とか倒す事ができる。日に銀貨5枚くらいは稼げる。ピルサスならそれでもギリギリ生活できた。周囲の視線や環境に耐えかねてロパリオに来たけれど、何とかなるだろうと考えていた。


 その考えは砂糖菓子よりも甘かった。ロパリオではピルサスと比較して物価が高く、宿代もまた同様だった。スライムで銀貨5枚稼いでも宿代は銀貨6枚が相場だ。赤字が続けば宿を取れなくなって、安いが雑魚寝の集団部屋に泊まらざるを得なくなる。身の危険しか無い。


 私は追い込まれていた。あと3日以内に状況を変えなければいけない。


 ロパリオに来て不味い状況であることを悟った私は、女性の冒険者を見かけては片っ端から声をかけた。ピルサスより冒険者の総数は何倍も多かったので何とかなるだろうと思っていたが、30組声をかけてもパーティに入れてくれる人はいない。当たり前だ、無能な魔法使い、しかも隻腕なのだから。唯一アピールできるのは水魔法が使えるから旅に便利なくらいだ。それだって、街を拠点にするのならあまり利点とも言えない。水なんて必要分だけ井戸から汲んで持ち運べば1日分は足りるのだから。


 新顔の冒険者を見つけたので声をかける。彼女は私の右腕を見て顔を顰める。慣れた反応だ。私だってそうする。してしまうだろう。


 どうやら彼女は他にパーティを組んでいる人がいるようだ。その相方の男性も誘って、テーブルに着く。飲み物は私持ちだ。費用は嵩むけど、他人の時間を貰うのだから当たり前だ。


「すまないが他を当たってくれ」


 誘いをかけた女性ではなく、連れの男性に断られる。2人とも申し訳なさそうな顔をしている。私に同情してくれているんだろう。この人たちはいい方だ。笑って罵倒してくる人もいる。


 31組目もダメだった。


 落ち込んでいても始まらない。次を当たろう。そう思って見回すと、2階から降りてくる人影が目についた。


 目につくはずだ。だって、メイドがいるんだもの。


 冒険者ギルドにメイドがいる。何で、どうして?


 黒いワンピースに白いエプロンドレスを着た、カチューシャとメガネをかけた背中までの長いポニーテールの女が何故冒険者ギルドにいるのか。おまけに短剣を腰に差している。


 冒険者?メイドが?しかも私よりも背が低い。


 メイドに注目しているのは私だけじゃない。周りもギルド内の異物に目を奪われ、疑っている。


 ただのメイドじゃない。ものすごく美人だ。身長から察するに15歳以下だから、美少女と言った方が妥当だろうか。


 美少女メイドがギルドにいる理由はなんだろう、領主や大商人のお使いが妥当だろうか。資料室から出てきたようだから、調べ物か、あるいは依頼の申請か。


 メイドはまさしくメイドらしい姿勢の良さのまま階段を1段ずつ降りてきて、掲示板の前で依頼を眺めている。身長が低いからだろう、背伸びしてぷるぷると震えているのが可愛らしいし面白い。


 いや待て、なんで掲示板を見る必要がある?申請する側なら必要が無い筈だ。まさか、受ける側なのか?


 気づくと私はメイドに向かって声をかけていた。どんなふうに話しかけたのか覚えていないけど、椅子に座って話をしていた。


 彼女は私の右腕を見ても表情を変えなかった。気にもしないといった様子で、私の話にうんうんと相槌を打つ。


 話を聞くと、彼女は雷と土と水の魔法が使える上、ホブゴブリンを倒せるという。少しだけ疑ってしまった。だってメイドだから。


 なんと彼女はパーティを組んでも良いと言ってくれた。私が小躍りして喜びたいのを我慢していると、続けてとんでもないことを言い出した。


「わたしは男です」


 何を言っているのか理解できなかった。こんな美少女が男な訳は無い。私の誘いを断るために、嘘を吐いているとしか思えなかった。そんなふうに断るのなら正面から断って欲しい。


 意地になって、私は信じないけれど、パーティを組みたいなどと、失礼なことを口走ってしまった。


 でも彼女は真剣な表情で続ける。男性に告白されて揉めた過去があると。


 こんなに真剣な彼女が嘘を言っているようには見えない。けど私の目から見て、彼女は女にしか見えない。どちらを信じればいいのかわからないまま、私は彼女の手を取った。


 差し出された左手があまりにも優しくて、私の目には魅力的に写り過ぎたのだ。










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