【第2夜】 夜の音



 眠くて眠くて、眠くて仕方がなくて。それでも無駄に頑張って起きていると、ふと、身体からだに違和感を覚えることがある。


 身体の内側に意識が引っ張られて収縮するような感じ。静電気がうぶ毛を逆立てるような、ぞわぞわとした感覚に全身が包まれると、身体を動かせなくなる。


 いくら力を入れても手足も動かせない。


 瞼はひらいているのだか、いないのだか分からない。そのくせ周囲は明瞭に見えている。


 そういう状態になると、お坊さんが唱えるお経やら、ラジオのチャンネルを合わせるときのようなざぁざぁとしたノイズや、人の話し声が聞こえることがある。それらの音や声は大きくなったり小さくなったりしながら、やがて消えてゆく。


 金縛りの体験談でよく聞くのは、胸の上に人が乗っているだとか足元に人影が見えるというもの。だから、そうなったときには「絶対に見たくない」と、考える。


 身体中に力を入れ、一刻も早く金縛りをほどこうと足掻く。気がつくとそのまま朝になっていることもあるし、努力(?)の甲斐もあってけることもある。


 そんな夢かうつつか分からない金縛りが常だが、一度だけ奇妙な体験をした。




 夜中に眠りから覚めた。


 耳元ではラジオから聞こえてくるような、お馴染みのざぁざぁとしたノイズと話し声がする。それらは大きくなったり小さくなったりを繰り返す。案の定、身体は動かせない。


 部屋の中は見えている。常夜灯もいつもの通りに点いている。目は……瞑っていた。


 突然。爪先から足が浮き上がった。まるで天井から糸を降ろし、鉤状かぎじょうの針で爪先を引っ掛かけて吊り上げられているように。


 えっ!? と思う間もなく、すぐに腰まで浮いてしまった。


 ヤバい。このままでは天井に引きずり込まれる。


 なぜだかそう考えた。動かない両腕に力を込める。なんとかシーツに掴まろうとしたのだ。


 どうにか指だけは動かせるようになると、浮いてゆく身体に必死に抗った。耳元のノイズは爆音を最高潮に轟かせていた。


 どれくらいの時間そうしていたのか。


 はっと気がつくと、目が覚める。


 常夜灯がともるいつも通りの部屋だった。


 びっしょりと大量の汗をかいていた。


 木材を力任せに叩き割るような大きな音が数回、立て続けにビシビシッと部屋の中で鳴る。


 すぐに明かりを点けてスマートフォンを掴んだ。スニーカーの踵を踏んづけたままで部屋を飛び出す。


 近所のコンビニエンスストアに全速力で走った。


 パジャマ代わりに着ていたのは高校生のときの体操着と短パンだった。だが、そんなことを気にしている場合ではない。


 買ったコーヒーをイートインスペースでちびちびと飲みながら、空が白んでくるのをじっと待つ。


 スマートフォンを開いて暇を潰した。


 東の空が朝焼けに染まり、やっと明るくなってきた頃に部屋へと帰った。




 今はもう、そこには住んでいない。


 あれは本当にあったことなのか。それともただの悪夢だったのか。

 確かめる術すべはない。


 部屋の明かりはずっと、消せないままでいる。





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