第3話 触手は警備員

 宅配で届いたのは小さな箱だった。

 受けはこれを何ヶ月も待っていた。

 

 カッターで慎重にガムテープを切り、そっと開いて中を覗いた。

 中に入っていたのは、植木鉢のようなカップの中に入っていたピンク色のスライムのような塊だ。

 それは可愛らしく花の形をしていて、早く出してと言わんばかりにぷるんと震えた。

 受けは慌てて箱から取り出すと、何回も読んだ販売サイトの説明文の通りに日当たりのいい窓際に置いた。

 

 これは触手。

 成人しか飼うことのできない、夢にまで見た生物だ。

 科学技術の叡智が詰まったのがこの触手なのだ。

 彼らは飼い主が注ぐ愛情で育ち、愛情表現として飼い主にご奉仕するのだ。

 

「これからよろしくね。シャークちゃん」

 

 受けのネーミングセンスがアレなのはさておき、受けは生粋のノンケだ。

 会社の先輩に連れられて行ったマッサージ店で前立腺の快感を知り、日々ソロプレイに励んでいた。

 だが、物足りない。

 バーやマッチングアプリで男漁りもしてみたが、ノンケであるが故に男に抱かれるのは想像できなかった。


 そこで、触手である。

 これでより充実した夜の生活を送れる!


 受けはその日から目一杯触手を可愛がった。

 朝起きておはようの挨拶をし、ご飯である蜂蜜をあげる。

 触手は花の中心から蜂蜜をんくんくと飲み干すとケポッと可愛らしいゲップをした。

 出勤前までの時間は触手を膝の上に置いて優しく撫でる。

 ぷるんとゼリーのような感触が気持ちよくて癖になる。

 後ろ髪を引かれる思いで出社し、早く帰るために徹底的に仕事を効率化させた。

 定時になると光の速さで帰宅し、留守番ができた触手を褒めちぎった。

 

 そんな生活を送っていると、触手はどんどん大きくなったので鉢替えをした。

 個体差があるため、少し大きくなったからといって触手が愛情表現をするわけではない。

 受けは根気強くその時を待った。


 ある日、受けがキッチンの吊り戸から物を出そうと、椅子の上に立っていた。

 ところがこの椅子、回転椅子だったためバランスを崩して落ちそうになる。

 その時、「ミーッ!」という声と共に触手がシュバッと鉢から出て布団ほどの大きさに広がり受けをキャッチした。

 心配するように何本もの触手がうねり、受けの体を撫でてくれた。

 けれど、愛情表現としての奉仕は一切せず、受けをソファに座らせると膝の上にちょこんと座った。


 それから、触手は受けが家にいる間は受けの肩に乗ったり足に擦り寄ったりして離れなくなった。

 また、出勤前に天気予報を見ていた触手が折りたたみ傘を持ってきてくれた。

 ある程度の知能があるとわかったので文字を教えたところ、簡単なやり取りを筆談やタブレットでできるようになった。

 ただ、奉仕をしない触手に受けは首を傾げるが、恥ずかしくて聞くことはできなかった。

 懐いてくれていることも立派な愛情表現だと納得することにした。


 そしてまたある日のこと。

 会社の飲み会で受けが酔い潰れてしまい、それを受けの後輩が家まで送り届けてくれた。

 ところが受けの家に触手があるとわかった後輩は、受けがネコをしていると謎の確信。

 元々受けを恋愛対象として見ていた後輩は、受けが泥酔していることをいいことにソファで受けの体を触り始める。

 次第に酔いが醒めてきた受けは拒否するが、酒の影響で後輩を突き飛ばせない。

 啜り泣きを始めた受け。


「ウミィイイイイ!!!」


 その時、触手が後輩に突進した。

 何十もの触手で後輩を拘束して担ぎ上げ、ペッと玄関から放り投げてしっかりと鍵とU字ロックをかけた。

 受けはそれを呆然と見ていたが、触手が助けてくれたとわかり、安心からまた号泣した。

 ソファで泣く受けに寄り添って背中を撫でて宥めてくれる触手にキュンとする。


 ところが、触手のお世話に夢中になってソロプレイもご無沙汰だった受けの下半身はうっかり興奮してしまっていた。

 戸惑う受けに触手は優しく触れ、お清めとばかりに受けをぐっちょんぐっちょんのべっちょんべっちょんに愛した。


 翌朝、開き直った受けは、なんで奉仕をしてくれなかったのか聞いてみた。

 最初は幼体だったために最後まで満足させることができない、それは触手として悔しいので大人になるまで待っていた、と触手は答えた。

 受けは赤面しつつ、触手にキスを送った。

 おしまい。


~後日談~

 あれから触手は受けのスーツの尻ポケットに入って一緒に出勤するようになった。

 後輩は酒の勢いで迫ってしまった、申し訳なかったとすぐに謝りに来てくれて受けもそれを許すが、触手は許さなかった。

 後輩が近づくと受けに隠れて「ムキッミイイイイ!!!」と威嚇するようになった。

 受けが不審に思ってポケットを覗くと「キュピミ?」と惚けるあざとい高性能セキュリティな触手であった。

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