53 友だちとして
どうやら永世騎士族だけが使う逃げ道が術義局にいくつか用意されているらしい。
永世騎士族も正式な術義局の一員というわけではない。もし術義局内で不正が行われていた場合にも秘密裏に行動ができるように造られたものだという。
とりあえずこの息苦しい小部屋を抜け出さなければ始まらない。
マノンの髪の毛に隠れていたウィギーに見張りを任せ、四人はタイミングを見計らってマノンが空けた穴から外に出る。
三人を襲った雲海はすっかり消え去り廊下はがらんと物静かだった。
永世騎士族の抜け道を使うにはその在りかを知っているマノンについて行くしかない。
ウィギーを先頭に、マノン、ミリー、クインシー、モリーの順で慎重に歩く。
ぽわぽわとささやかに身体を光らせるウィギーのおかげで、暗い場所も難なく進むことが出来た。少しだけウィギーが誇らしそうな顔をしているのは気のせいか。
ミリーが先頭に浮かぶウィギーの表情を観察していると、マノンが手で制止する。
「待ってて。鍵を開けなくちゃいけないから」
「どうやって開けるの?」
T字路に差し掛かったところでマノンが廊下の向こうを指差すのでミリーは反射的にそう訊ねた。
「わたし自身が鍵なの」
マノンは両手のひらをミリーに見せつけニヤリと笑う。
「ウィギーはここで待っててね」
ウィギーの頭を撫で、マノンは左右から誰も来ないことを確認して急ぎ足で壁に向かう。マノンが何かを探す壁には何もないように見えた。が、マノンが両手を壁のとある個所に押し付けると、壁一面に幾何学模様が浮かび上がる。
「マノンの両手の指紋と指先の脈の動きで解錠するんだ」
幾何学模様を絶えず走る電子的な明かりを物珍しそうに見つめ、クインシーが好奇心を滲ませた声を弾ませる。
「なるほど。永世騎士族でないと開けられないってわけね」
理屈に納得し、ミリーは壁に寄りかかって解錠が終わるのを待つ。しかし。
「ねぇ、何か聞こえない?」
ミリーたちが待機する廊下の壁の向こう側から何やらコツコツという硬い音が聞こえてきた。ミリーの問いにクインシーとモリーも耳をそばだてる。どう聞いてもこれは足音だ。
「もしかして、この廊下と平行になっている別の廊下があるのかも」
クインシーが音のする方を見やって顔を強張らせた。
「ってことは……‼」
もしこの足音の主が廊下を真っ直ぐに抜けたら──。
「マノン……!」
マノンが解錠している様子を目撃されてしまう。
ミリーが小声で彼女の意識を引きつけようとするが、解錠に集中している彼女の耳には届かない。どうやら集中しているようで目も閉じているらしい。
「まずいよ! このままじゃ見つかっちゃう……!」
モリーがあたふたし始める。
「いいえ。そうはさせないわ」
ミリーは咄嗟に杖を取り出して廊下の角から顔を覗かせる。物音を立てぬよう。杖を見られぬよう。入念に注意しながらミリーは杖先を隣の廊下に向けた。
杖をふるふると揺らせば杖先から小さな虫が飛んでいく。点の虫はそのまま真っ直ぐに廊下を進み、足音の主の首元を噛んだ。
「──ッて」
ぱちん、という乾いた音が廊下に響き渡る。首元にとまった虫を手のひらで叩いたのだろう。同時に足音が止まる。
肌を弾く音が聞こえたのかマノンがハッと目を開く。振り返れば廊下から顔を覗かせるミリーと目が合う。事情を察したマノンは急いで壁をぐっと押し込んだ。すると幾何学模様が消えていき、代わりに壁には洞窟のような入り口が出てくる。
「早くっ」
マノンは三人を手招きして洞窟に入るように促す。三人はそそくさと廊下を横切り洞窟の中へ入って行った。最後にマノンも洞窟に入り、手を横に一振りして壁を閉める。
「危なかった。機転が利くね、ミリー。ありがとう」
「ふふ。おあいこさまでしょ」
ミリーはマノンのほっとした表情を見て勝気に笑う。ミリーの笑みを見たマノンも口角を上げる。
「ここから先は暗いの。ウィギーをライトにして先に進んで。途中、驚くことがあるかもしれないけどあんまりびっくりしないで? わたしは念のために最後に行くから」
「ええ。分かったわ。なら私が先頭を行く。ウィギー、お願いできる?」
低い位置を飛んでいたウィギーに向かってミリーが身体を屈めるとウィギーは大きく頷いて嬉しそうに鳴いた。
マノンの言う通り、人一人がどうにか歩ける細い洞窟の中は真っ暗だった。ウィギーがいなければ自分たちで明かりを作るしかなかっただろう。しかしウィギーの明かりは魔法とは違ってしっかりと辺り一面を照らしてくれる。ウィギーのおかげでいく先がハッキリと見え、あまり不安に思うこともなかった。
「そういえば、驚くことってなんだろう?」
後ろを歩くモリーがマノンの言っていたことを反復する。確かにもう十分ほど歩いているが何も驚くようなことはない。
「どうせ、マノンがからかってるんでしょう」
ミリーは余裕の笑みでモリーを振り返る。が。
「ミリー?」
次の瞬間にはミリーの姿は消えていた。声だけを残し、彼女の姿はどこにも見当たらない。
「ミリー⁉」
上方からモリーの驚嘆の声が聞こえてくる。前触れもなく忽然と姿を消した彼女を心配する懸命な呼びかけだった。
「うわああああああああっ‼」
しかしミリーはそれどころではなかった。
突然足元が抜け、丸い筒に吸い込まれて滑り台の如く豪速で身体が下に向かっているからだ。
「またなのおおお⁉」
落下するのは今日何度目か。これにはさすがのミリーも根を上げる。
「いい加減にしてよーーーーっ!」
彼女の嘆きが高速で筒を抜けていく。長い長い滑り台を下った先でミリーの身体は容赦なく地面に叩きつけられた。
「……もう、勘弁して」
鳥籠が無事なことだけが幸いだった。ぼさぼさになった髪には地面に落ちた時についた草がちらほら入り込む。ミリーがのそのそと身体を起こす間にも、モリーの叫び声が筒の向こう側から聞こえてくる。しばらくすると、モリー、クインシー、そして最後にマノンが筒から飛び出してきた。
行く先を知っていたマノンだけが両手を挙げて華麗な着地を披露する。
「へへへっ。驚いたでしょう?」
「永世騎士族って結構雑なことをするのね」
マノンのしたり顔にミリーは大きなため息をつく。やはり彼女の考えにはついていけそうにない。ミリーが呆れていると空の向こうから目を刺すような明かりが覗く。
「もう朝が来るね」
モリーが呟いた。時間感覚が狂ってしまったがいつの間にか夜は明けようとしているらしい。草原に放り出された四人は不意の眩しさに目を細める。
「──さて。ここは術義局から離れたところにある空き地だよ。少し歩けば街に着く。わたしはこの抜け道を破壊しなくちゃいけないから、皆はその鳥さんと一緒に先に帰って」
「壊す?」
「うん。抜け道は一回使ったら終わりなの」
クインシーの問いにマノンはにっこり笑って答える。
「そろそろ家に戻らなきゃ、いないことがバレちゃう」
モリーがそわそわした様子で足踏みする。
「ええ。そうね。マノン、後は頼めるかしら?」
「もちろん。みんな、ちゃんと無事に帰ってよね」
「ええ。それに、ウィギー」
ミリーはマノンの髪に戻ろうとするウィギーを引き止めた。ウィギーは自分が呼ばれたことが意外なようで目を丸める。
「ありがとう。前にひ弱って言ってごめんね。あなたは立派な霊獣よ」
ミリーの言葉にウィギーは更に驚いた表情を見せる。ずっと目障りだと思っていたが、ミリーもこの小さな霊獣が少しくらいは可愛らしく見えてきた。動揺するウィギーに笑いかけ、ミリーはクインシーたちとともに街に向かう。
またしてもマノンと鉢合わせするとは思わなった。
だが今は別に嫌な気はしない。
清々しい空を見上げ、ミリーは両手を広げて伸びをする。気持ちのいい空気が彼女たちの帰還を歓迎した。
「ねぇ、それでイエナはどうするの?」
前を行くモリーが後ろ向きに歩きながらミリーに訊ねる。
「そうね……」
鳥籠の中の小鳥は蔓植物に囲まれていた時よりもふっくらして見えた。羽根の艶めきも増しているようだ。
ミリーは小鳥と見つめ合い頬を緩める。
「ええ。分かってる。イエナはきっとそう言うだろうって」
小鳥にこっそりと囁き、ミリーは鳥籠の扉を開けた。小鳥は一瞬躊躇したが、差し出したミリーの手にちょこんと飛び乗る。
「もう自由だよ、イエナ」
ミリーは小鳥が乗る手を大空に向かって掲げた。視界が高くなった小鳥はちゅんちゅんと鳴きながら下に見えるミリーの顔を見つめる。そして。
「ちゅんっ」
一際大きく鳴き、小鳥は両翼を広げて空へと羽ばたいていった。
高く、高く、小鳥は遥かなる空を泳ぎ出す。
「さようなら、イエナ」
銀色のきらめきを瞬かせ、永遠に続く朝焼けの空へ小さな身体が溶けていく。
ミリーは小鳥の姿が見えなくなるまでずっと空を見上げ続けた。
彼女の新たな冒険への旅立ちを見送るミリーの頬に朝日の輝きが差し込む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます