第30話 〈風の秘密を唄う使徒〉ミリアとの出会い

 帰りの列車に乗り込んだ所で、ボックス席の正面に位置する座席に、鮮やかな黄色い髪をミディアムヘアの上に長い犬耳みたいに伸ばした少女が座ってきた。


 そのキャラデザに強烈に見覚えがあった俺は、思わず少女を二度見してしまう。


 無気力そうに虚空をぼおっと眺める瞳は水色のどんより曇った目をしていて、愛らしい唇はだらしなくぽかんと空けられている。


 顔だけなら美少女といっていいその少女の恰好は、地球でいう魔法少女を彷彿とさせる緑色を基調にした変わった衣装であり、風をイメージさせる涼やかなデザインの短いスカートが目を惹く。


 そのキャラを知っていた俺は、思わず驚きの反応を見せそうになるのをすんでのところでこらえる。


「サルヴァたん。はじめましてぇ」


 と、そこで少女が虚空から俺に視線を移し、曇った視線に光を灯す。


 そうして繰り出された挨拶が俺を知ってのものだった事と、ゲーム知識が知る少女の正体から、これがまたしてもリーチェの差し金であろうことは明らかだった。


「はじめまして。えっと、何者でしょうか?」


「ミリア・パレッセ。リーチェとかロセットの"友達"だよん。よろしゅうよろしゅう」


 明るい語調とは裏腹に、あくまで無気力でダルそうな口調で語る少女の名前はミリア・パレッセ。秘密結社〈円環の唄〉の使徒、〈風の秘密を唄う使徒〉である。


 サリュ領で起こるセインベルの強奪事件において、主人公ルークらと戦闘を行うボスキャラであり、その負けイベントのあとでA級冒険者やカサドール教官が登場し、セインベル――実はレプリカとすり替えられている――をその場に置いて逃げ出すという役回りを演じるキャラである。


「ミリア普段ニートだから、暇でさあ。リーチェたんに暇だよーって泣きついたら、『サルヴァと会うと暇つぶしになるよ』って教えてもらったから、来ちゃった」


 あの聖女、何してくれてるんだ。この後修学課題でセインベルの強奪事件に同席したとしたら、思いっきり鉢合わせるじゃねぇか。その時どう振る舞えばいいっていうんだ。最悪すぎる。


「……リーチェはいったい何が目的でこんな事を? リーチェは何か企んでいるようですが」


「おーおー、サルヴァたん、なんか頭良さそうだねぇ。リーチェたんの目的は、リーチェたんしか分からないなぁ。最近いつも以上に謎だらけだからねぇ、あの子」


「"友達"でも謎があるものなんですね」


「そーそー。ロセットたんなんかはまっすぐで分かりやすいんだけどね。あの子は結局のところ、復讐の事しか考えてないから」


「復讐というと……ロセットの父親代わりだったという、ヴァッサー・ストライトの事でしょうか?」


「お、さすが師匠と弟子、そういう話も聞いてるか。仲良しなんだねぇ。ロセットたんは、ああ見えて復讐の鬼だよ。心の中は、ドロドロした憎しみと怒りで一杯。ロセットたんと仲良くしたいなら、そのあたりは知っておいた方がいいねー」


「……なるほど。忠告ありがとうございます」


「いいよー、サルヴァたんも重要人物っぽいからねー、いまのうちに仲良くしとこうと思って。ミリア基本やる気ないんだけど、やる気ないからこそ、面倒くさいときに知り合いって大事だと思ってるんだー。ミリアの事は、ミリアとかミリアたんって呼んでね~。タメでいいよ」


「……なるほど。まあ分かった、よろしく、ミリア」


 〈風の秘密を唄う使徒〉ミリア・パレッセは、原作デウスでも何度か登場するキャラクターだ。


 その性格は無気力で怠惰。可愛い美少女フェイスに似合わぬやる気のなさで、ときにトリッキーな動きを見せるのが特徴だ。


「あー、やる気ないのにこのあとリーチェたんに仕事頼まれてて、ミリアたん鬱なんだよねー。セインベルっていう鐘を盗まないといけなくてー、その時にサルヴァたん達学園のメンバーと対決してから逃げないといけないっていう難しい仕事なんだー」


「……は!?」


 な、な、なにを言ってくれてるんだこのニート少女は!?


「あれ、『サルヴァは大体の事は分かってるから、何話してもいいよー』ってリーチェたんに言われてたんだけどなー。おかしいな、なんかびっくりする事あった?」


「びっくりする事しかないが!?」


 いきなり〈円環の唄〉の仕事を明かされて、いったいどういう風にこの後振る舞えばいいのかマジで分からなくなってしまった。


 正直言って混乱の極致にあり、俺は今、下手すると死ぬのではないかという恐怖とも戦う事になっていた。


「またリーチェたんに遊ばれちゃってるのかな、サルヴァたんは。あの子も遊び好きだからねー」


「いや、遊び好きで済ませられる範疇を軽く超えてると思うけど」


「その様子だと、うちらの事を知ってるってことをサルヴァたんは隠してる事にしてたんだね。無駄だよ、リーチェたんに隠し事とか、考えるだけ無駄無駄」


「……隠し事が無駄って、いったいどういう事なんだ?」


「……隠すのも面倒だから教えちゃうと、リーチェたんは女神デウスの権能の一つ、〈アカシック・レコード〉へのアクセス権を持ってるから、分からない事とか基本ないんだよね。まあ完璧に扱えてるわけじゃないらしいから、隙はあるだろうけど、サルヴァたんの考えてる事とかやってる事とか、全部見られてる前提で考えた方がいいよ」


「え?」


 それはあまりにも唐突すぎる衝撃の情報だった。


 アカシック・レコードというのは、確かに〈デウス〉作中で登場するワードではあるが、リーチェ・ストライトが〈アカシック・レコード〉へのアクセス権を持っているなんて情報は、少なくとも俺がプレイしたデウス5作目の途中までに登場してはいなかった。


 それがおそらく〈デウス〉の作中における重大な秘密であるのは間違いないところだろう。

 だが本当にそうか?


 ひょっとすると、そういう真っ当な推測とは食い違う、まったく予想外の事が起きている可能性も……


「おー、サルヴァたん、なんか難しい事考えてそうだねぇ。でも考えすぎても、全部リーチェたんには読まれてるから、あんま考えすぎなくてもいいと思うよぉ。直接思考が分かるわけじゃないらしいけど、動きを見れば大体察せられるんだってさ。そもそもリーチェたんの視野からすれば、サルヴァたんなんて敵ですら無いけどさぁ」


「……そういう事を親切に教えてくれる、ミリアの目的はなんなんだ?」


「んーミリア? ミリアたんは、単純にサルヴァたんと仲良くしたいだけだよー。なにせ、あのリーチェたんが最優先してサルヴァたん関係の動きを見せてる時点で、サルヴァたんが今後の展開のメインプレイヤーになるのは明らかだからさぁ」


「……」


 ミリアも、やる気ないニートに見えて、実は恐ろしく賢いキャラであることを俺は知っている。


 そのミリアと、全てを知るというリーチェに大いに注目されてしまっている今の状況は、既に俺の知る原作展開と大きく食い違ってしまっているのではないだろうか、と今更になって気づかされてしまった。


「ま、なにか困った事があったら相談してよ。ミリアたんも、困ったことがあったらサルヴァたんに投げるからさー」


「……後者が主な目的なんだろ?」


「そだよー。あ、セインベル盗む時は、他人のフリしてね。分かってると思うけど。ま、いいや、暇つぶしはできたし、ミリアはそろそろ行くねー」


「え?」


 列車は思いっきり高速で移動中だったが、ミリアは窓をひょいっと開けると、そこから空に浮き上がってどこかへ行ってしまった。


 俺は今もたらされた情報の数々をどう扱えばいいのか分からなくなりながら、〈風の秘密を唄う使徒〉ミリアという新たな知り合いを得た事を、諦めを持って受け入れたのだった。

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