第29話 ロセット師匠とのディナー
「そ、その……サルヴァ……聖女からはどのようなお話を受けましたか?」
貴族街と平民街の境界にある雰囲気のいいレストランに入った俺と師匠は、ムーディな暗い照明の個室で、腹を割って話すのかどうかの瀬戸際にあった。
「え、えっと……正直言って、踏み込んだ話は得られませんでした。勇気を出して、今回の依頼の疑問点などについて聞いてみたのですが、肝心なところははぐらかされてしまい……」
「そう……そうですか……そ、その……い、いえ、なんでもありません」
師匠としても、いったいどのように振る舞ったらいいのか、かなり難しい局面だろう。
これは推測に過ぎないが、師匠は、秘密結社〈円環の唄〉の一員であることをうっかり明かそうものなら、他の構成員に「そんな奴は殺せ」なんて詰められてしまう立場にあるのかもしれない。
今回の行動は間違いなく、〈天の秘密を唄う使徒〉リーチェ・ストライトの独断であることに間違いはないだろう。
ゆえに、師匠としてはリーチェの行動に巻き込まれた結果、うっかり俺の命を失う結果に繋がる事を避けたいのではないか、というのが師匠がしどろもどろになる大きな理由なのではないだろうか。
それは師匠の事を信じすぎかもしれないが、いかんせん師匠の俺と二人っきりの時のすさまじい甘えっぷりを散々見ているだけに、師匠としても俺に思い入れが相当量ある事には間違いはないと断言してもいい。
「その……師匠……正直言って、今回の件の背後にあるものが気にならないわけではないですが……俺は、師匠が俺を守ろうとして、今なにか大変な事を隠そうとしてくれているのではないかと推測しています」
だからこそ、俺はまっすぐにまずそのことを表現しておくべきだと思った。
この推測すら間違っていたら、俺は致命的なミスを犯してしまうかもしれないからだ。
「さ、サルヴァ……あなたは……あなたは賢い弟子ですね……まさかそこまで読まれているとは想像していませんでした。それくらい、わたしの事をサルヴァは信頼してくれていたのですね。なんだか嬉しいです」
師匠は、俺の言葉を師匠への信頼の現れだと取ってくれたようで、ふふん、とでもいいたげに胸を張りながら、喜びの微笑みを浮かべてワインをこくりと飲む。
「ぷはぁ……サルヴァがそこまで言ってくれるのでしたら、わたしとしても迷いが消えました。ええ、今回の件の背後関係について、わたしはサルヴァに堂々と隠させてもらおうと思います。それはひとえにサルヴァの保護のためです。師匠から弟子への愛だと思って、むしろ感謝してください」
「はい。師匠に秘密がある事は理解しましたが、だからといって俺の師匠への信頼が曇る事はありません。ぜひ、堂々と秘密にしてください」
「ふふ……サルヴァ、あなたは本当に素晴らしい弟子です……わたしが色々悩んでいたことも、きっと見通した上で、そのような言葉をかけてくれたのですよね。わたしは師匠として、幸せもののようです」
師匠は大変ご機嫌のようすで、ごくごくとワインを飲んでいく。
その後は、師匠と話題を変えて、学校の事などを話した。
「……そのガノール帝国の皇子とユーフェリア公国の公女が仲がめちゃめちゃ悪くて、近い将来大きなトラブルになるんじゃないかって気がしてますね」
「ふむふむ。直近まで戦争していた二国ですから、そう簡単にはいかないでしょうね……そういえば、あなたの学校にシエル・シャットという貴族がいないですか?」
「シエルですか? 同じⅤ組に所属していますよ。隣の席で、わりと仲良くさせてもらっています」
「ほほう……シエル嬢は大変美少女だと聞きますが、サルヴァ的にはタイプだったりするのですか?」
むむ……師匠の俺への好感度ゲージの高さから推測して、ここは解答をミスるとまずいかもしれない。
「確かに可愛いですが……いまのところ普通にクラスメイトですよ。それ以上でも以下でもありません。そういえば、授業で書いた絵を褒められて、今度自分のために描いてくれ、なんて頼まれはしましたけどね」
「ふぅん……」
師匠はそこで、何か深い思考に落ちるような仕草を一瞬みせた。
シエルに何か特別な縁でもあるのだろうか? と一瞬とぼけた事を考えそうになるが、よく考えればこの背後の事実関係は明らかだと、俺は遅れて気が付いた。
なにせ、師匠は女神デウスの力と深い関わりを持つ秘密結社〈円環の唄〉の〈火の秘密を唄う使徒〉であり、その女神デウスの力を継ぐ少女がシエル・シャットである事は、既に結社は把握済みであるはずなのだ。
これは推測でしかないが、〈恋の秘密を唄う使徒〉アリーシャ・アーレアが学園に潜入しているのも、シエルが学園に入学している事と大いに関係があるというか、それこそが目的である可能性は高そうだ。〈デウス〉原作でもそれを遠まわしに示唆しているような会話は伏線として存在したはずである。
という事は、師匠がシエルについて気になったのは、何も恋愛についてのあれこれなんてものではなく、結社の使徒として、女神デウスの力を継ぐ者の動向について考察を深めた、といったところだろう。
「……サルヴァは絵が上手かったのですか?」
「……ええ。素人に比べれば、めちゃくちゃ上手いと思いますよ。ちょっと軽く落書きしてみますね」
俺はカバンからノートとペンと取り出すと、ペンでさらさらとロセット師匠をデフォルメした絵を書いていく。
「……え……え?」
師匠は、みるみるうちに出来上がっていくすさまじい完成度の似顔絵に、喜ぶより先に困惑しているようだった。
「これは落書きですし、こんなところで完成としますかね」
ものの5分ほどで描いた線を絞った似顔絵は、師匠の美少女っぷりを良くとらえた可愛らしいものに仕上がっていて、俺としてもそれなりに満足いく出来であった。
「……サルヴァ……いったいあなたは……これはどういう……」
師匠は、その価値の高さを一目で見抜いたようで、俺を訝しむようにじろじろと見つめてくる。
「ま、師匠に秘密があるように、俺にも秘密があるってことですよ」
なんていって、それっぽく誤魔化しておく。まあ当面はこれで通るだろう。
「ふぅん。まあいいです。ですが、シエルに絵を描いてあげるのは、いいと思いますよ。ぜひ描いてあげなさい」
「……へ?」
その発言は、なんだか不思議な発言に聞こえた。
師匠としては、絶世の美少女であるシエルと、仮にもパパと呼ぶほど愛情深い俺の関係が進展するきっかけになるような出来事が起こるのは、結社幹部としての立場を抜きにしても、面白くないのではないかと思っていたが……
「どうしてです?」
「……ふふ。秘密です。ですが、たまには運命の手助けをするのもいいかなと思いまして」
運命の手助け。
師匠としては何気なく言った言葉かもしれないが、結社の使徒である事を知る俺からすると、その言葉はかなり意味深に聞こえる。
まるで、シエルと俺の間に強力な運命が存在する事が、この時点で結社にとって明らかであるかのような……
「……冗談ですよ。こんな事で考え込まないでください」
「……そうですか。ちょっと意味深に聞こえたもので」
思考に耽ってしまっていた自分に気づき、俺は慌てて会話に戻る。
それから先は、師匠の冒険者駆け出し時代の話などを面白おかしく聞かせてもらったりしながら、楽しい食事を終えた。
何気に重要そうな情報を得ている気もするが、肝心なところは分からないまま、といった感覚は相変わらず否めない。なかなか上手くはいかないか。こんな事ならゲームを最後までプレイしておくんだったな、と今更になって思う。
その日は結局、師匠と別々の宿を取っていたので、師匠と別れ一人宿で眠り、師匠はこの地に残るとのことだったので、俺は一人翌日早朝の列車で学園のある首都に戻ったのだった。
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