義憤時分

小狸

短編

 ――世の中はクソだ。


 それが口癖だった友達が、先日自殺したことが分かった。


 大学の前期の試験期間が終わり、一人暮らし先のアパートで夕食を作っていたときのことである。


 母からLINEで報せが来た。


 訃報であった。


 彼とは、中学・高校時代の同級生であった。


 いや、友達とテンプレートな表現しているけれど、彼は、そうは思っていなかったかもしれない。


 常に世の中の不満辛さ苦しさを陳列し、生きづらさを殊更に主張する彼には、友達と呼べる存在がほとんどいなかった。まあそれもそうだろう。不幸だ不幸だと大声で喚くような輩と関係を長続きさせようと思う者など少ない。



 彼もそれを理解していたのか自分でも自虐的に「友達がいない」ことを嘆いていた。そんな彼に対して、僕は「いやいや、僕は友達だよ」とツッコミを入れていた。今となっては、どうして僕が彼との人間関係を切らなかったのかが甚だ疑問だけれど、僕はきっと、彼が珍しかったのだろうと思う。


 彼は、世の中を憎んでいた。


 はっきり、嫌っていた、と言ってしまってもいい。


 別段、分かりやすく恵まれていないとか、生まれつき難病を患っているだとか、昨今良くある「毒親」だとか、そういうことではないらしい。私立の中高一貫校に所属していたから、ある程度裕福な家庭で育ったことには間違いはないし、本人も両親には感謝していると言っていた。


 ただ、世の中に対しては、そうではなかった。


 彼は日頃言っていた。


 ――どうして人間は、もっと努力しないのか。


 ――もっと世の中を良くするために、誰かのために生きるべきじゃないか。


 ――それができる力があるというのに、それができる余力があるというのに、自分という殻に安住して、ぬくぬくと生きている。


 ――そのくせ、安全圏から文句を言いやがる。


 ――絶対安置な場所から、見下ろして、見下している。


 ――俺はそれが許せない。


 そんなことを言いながら、中学校で起こった小さな事件を解決して回っていた。僕はその頃は彼くらいしか友達がいなかったので、一応助手という体裁をとって隣にいた。生徒会や風紀委員会に所属するということはなく、無所属で学校の風紀を裏から守っていた。


 いや、守っていた、なんて表現をすると、それこそ彼に叱られてしまうだろうが。


 結果的にそうなっているだけで、彼は誰かも何かも、守っていないのである。


 ただ、気に食わなかったから、首を突っ込んだというだけだ。


 高校を卒業して、僕らは別の大学に進学した。

 

 それからしばらくは連絡をとっていなかったけれど、まさか自殺するとは、という驚愕の感情と、もう一つの思いがあった。


 こんなことを臆面もなく言うと、僕が彼の死を肯定しているように捉えられることを承知の上で言うが、「ああ、やっぱりな」と思う自分もいた。


 あの性格で、あの性根で、長生きできるとは到底思えなかった。



 人に厳しい彼は、誰よりも自分に厳しかったのだ。


 どうして、そこまでしたのか。


 何が、君をそうさせたのか。


 色々と思うところはあったけれど、高校卒業の時には、大人になって酒でも飲みながら聞けたら良いな、くらいには思っていた。


 しかし亡くなってしまったからには、もう彼が何を思っていたのかは分からない。


 そして友達のいなかった彼には、もうその意志を引き継ぐ者はいない。


 正義感と世界嫌悪の暴走した男の末路、とか。 


 そんな風にまとめるのは簡単である。


 それでも。


 中学時代、居場所もなく、何もなかった僕に、役割を与えてくれた彼に、感謝しているのだった。

 

 あの頃があるから、今の僕がある。


 たとえ世の中がクソで、憎むべきもので、辛くしんどく厳しく、真面目に生きることが馬鹿らしくなってくるくらい終わっていて、これから僕らは、社会という名の世の中の一端に身体を浸し、ようやく彼の言葉を、彼の行動を理解することになるのだろう。


 それでも。


 彼と過ごした六年間は、決してクソなんかではなかった。


 僕はそう思い続けよう。




(「ふんふん」――了)

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義憤時分 小狸 @segen_gen

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