第24話 意味のないアピールタイム
「……毎回思うけど、昼飯後の体育って異様に眠いよな」
「でも、身体を動かすから寝るに寝れないって意味では丁度いいのかも」
誰もが眠くなる昼食後の授業は、眠気を覚ますかのような体育の授業。
別のクラスと合同で行っているため、いつもは見ない顔ぶれが並んでいる。
雨天のため体育館を女子と二分して行われるのはバスケのミニゲームだ。
出番を待つ間は別のチームがコートを駆けまわりながらゴールを目指す様を眺めつつ、隠岐と雑談に興じていた。
「運動は苦手だから嬉しくないんだけどな」
「そう? 普通くらいには動けてると思うし、手も抜いてないよね」
「授業で周りに迷惑かけるのは違うだろ?」
「そういうとこ、僕はいいと思うよ」
隠岐はにっこり笑うけど、そういうところに人柄の良さが出ていると思う。
それにしたって体操着から伸びる隠岐の決して逞しいとは言えない腕や足を見る度に、テニス部のレギュラー入りを果たしている実力者なのを疑ってしまう。
とはいえ、体つきだけで実力が変わるわけではない。
テニスは直接的な身体の接触がないスポーツだから影響が少ないのも理解しているつもりだけど。
「話は戻るけど、お昼休みの後の体育が眠いって話は今日に限っては無縁なんじゃないかな。仕切りの網の向こうでは女子がいるわけだし」
ちらり、と隠岐が視線を二分された反対側のコートへ向ける。
それにつられて俺も見てみれば、女子は女子でバレーの試合が繰り広げられていた。
「……女子に見られてるかもしれないからやる気出すって?」
「そういう男子って珍しくないよね。現にうちの男子はやる気満々だよ。……やる気が凄すぎて試合がちょっと荒れてるけど」
隠岐の言う通り、今日の体育ではいい顔を見せたい運動部の面々を筆頭として、荒っぽいプレーが目立っていた。
身体の接触は当たり前。
誰かがプレーの結果で倒れても試合は続行され、倒れた側も何事もなかったかのようにプレーに戻る。
かっこ悪いところを見せたくないとか、そういう意地から来ているのだろう。
でも、それで楽しいのは運動が得意な一部だけで、俺みたいなインドアで当たり障りなく授業を済ませたい人間にとっては気が進まない。
「体育一つで女子からのイメージが変わるとは思えないんだが」
「それはそうなんだけど、うちのクラスには早夜月さんがいるでしょ?」
知っての通り乃蒼はモテるし、クラスでも乃蒼を好きな男子の話は時々耳にする。
その乃蒼にアピールできるかもしれない機会とあらば躍起になるのも理解はしよう。
だが、そのアピールも肝心の乃蒼が見ていなければ意味がない。
ぼんやりと女子のバレーを眺めれば、目当ての人物はすぐに見つかった。
俺と同じく壁に背を預け、出番を待つ銀髪の少女――乃蒼。
動きやすいように長い髪を一つに束ねていてスポーティな雰囲気だ。
相変わらず誰かと関わる気はないのか、他の女子とは距離を置いている。
しかし、その乃蒼がふと視線をこちらへ向けて、目が合う。
すると、僅かに表情を緩めて微笑んで――
「おい、今の」「早夜月さんが微笑んでたぞ!?」「俺目があったかも」「なわけねーだろ」
乃蒼の変化を見逃さなかった男子たちが一気に色めき立つ。
……乃蒼のこと見すぎだろと思ったものの、この瞬間だけは人のことを笑えない。
「早夜月さんのあんな表情、初めて見たかも」
「……そうだな」
「遠坂くん、何か言いたげだね」
「なんでもない。隠岐は早夜月よりも篠崎を気にした方がいいんじゃないか?」
スパーン! とボールが地面に叩きつけられる音は女子のバレーから。
音に釣られて様子を窺うと、スパイクを決めた篠崎が「見て見て!」とでも言いたげにこっち……もとい、隠岐へ向かって笑みを浮かべていた。
「……恥ずかしいからあんまりしないで欲しいんだけどね」
「悪気はなさそうなのが余計にな」
「そうなんだよね。ま、嬉しくないって言ったら嘘になるんだけど」
隠岐も誤魔化し笑いを浮かべて、篠崎へ手を振り返す。
やっぱり二人はお似合いだな。
「あ、僕たちの順番みたいだよ」
「ほどほどに頑張るか。無理したら怪我しそうだ」
「そうしようか。相手にはバスケ部のキャプテンもいるみたいだし」
「……マジかよ」
バスケ部のキャプテンってこの前、乃蒼に告白したのに腕を掴んで危うく怪我をさせようとした奴では?
マッチアップに意図がないのはわかるけど、どうしても嫌悪感は覚えてしまう。
それを抜きにしても体育の授業でその部活の人と当たりたくないけど。
本当に怪我だけは気を付けようと心に決め、試合を終えたクラスメイトに代わってコートに入り、試合が始まる。
「俺にボール回せ。全部決めてやる」
早速相手チームの一人……恐らく例の人物であろう男子が自信満々に肩を回しながらチームメイトへ呼びかけた。
そして、視線を送る先はネットの向こう。
どうやら彼も隠岐と話していた男子の例に漏れないらしい。
試合を動かす中心はどちらも運動部のメンバーたち。
ジャンプボールを制したのはこっちのチームで、やる気に満ちた表情でドリブルやパスを駆使し攻め手を作っていく。
相手も負けじとパスコースをカットしにかかるも、絶妙なタイミングのパスは捕まることなく最前線のメンバーへ届く。
そのままの勢いで放ったシュートで先制し、攻守が逆転。
早速彼へボールが渡され、威圧するかのようなドリブルの音が響く。
元から得意じゃない運動で無理をする気はない。
かといってサボってると思われないために、外へのパスコースを塞いでおく。
俺がディフェンスに着いた相手もさほど頑張る気はないのが雰囲気から感じ取れる。
これなら俺の仕事はなさそうだ。
それでもボールの行方だけは見逃すことなく追い続けると、バスケ部の強さを遺憾なく発揮して三人一気に抜き去りシュートを決めた。
いいぞと上がる歓声。
それに負けじとこっちのチームも攻めに転じる。
個人技で敵わないとわかっているため、パス中心の攻め。
一人が強くてもパスコース全てをカバーするのは不可能。
その狙いは的中し、チームがゴール下までボールを運んで手堅くシュートを決める。
俺にボールが回ってこないのはボジションが悪いのか戦力外なのか……前者であって欲しい気持ちはあれど、変にパスがきても困るからこれでいい。
「チッ、使えねえな」
劣勢に業を煮やし舌打つ彼がまたしてもボールを持つ。
勢いよくドリブルで突っ込んでくる彼がブロックを強引に突破。
倒れた生徒には目もくれないラフプレーに守備の脚が滞る。
これはもうパスを出すことはないだろう。
一人で攻めて一人で点を取るつもりなのが立ち振る舞いから伝わってくる。
他のメンバーをディフェンスする意味がないと判断し、俺も彼を止めるためにポジショニング。
でも、まともに止められるとは思っていない。
少しでも脚を止められれば、誰かがボールを取ってくれるかもと考えてのこと。
――が、その見積もりは甘すぎたらしい。
ぐん、とさらに一段ギアが上がり、気付いた時には正面に彼の身体が迫っていて。
「――――っ!!」
肩で胸を押され、俺の身体が傾いていく。
視界に映り込む天井。
踏ん張らなければと思った頃には足が床を離れていた。
直後、背中と後頭部を打ち付け、呻き声が漏れる。
「遠坂くんっ!?」
名前を呼ぶ隠岐の声がどこか遠く感じる。
ドリブルの音は止み、駆け寄ってきた隠岐が心配そうに俺のことを覗き込んでいた。
「……大丈夫だ、多分」
「頭を打って大丈夫なわけないからね……? とりあえず保健室行くよ。立てる?」
貸された手を取って立ち上がるも、足元がふらふらしていて気を抜くと倒れそうだ。
でも、少し休めば治るはず。
試合を途中で抜けるのはメンバーに申し訳ないけど、居座ったところで戦力に慣れる気はしない。
「悪ぃ、つい熱くなっちまった」
押し倒した張本人の彼も謝ってきたが、反省しているようには見えなかった。
乃蒼から聞いた話のせいで悪い印象を抱いているから、そう見えたのかもしれない。
「……いや、いい。ただ、危ないからああいうプレーは控えてくれると助かる」
「そうだな。次からは気を付ける」
それでも注意はしておくと、形だけは受け入れてくれる。
「遠坂くん、保健室まで付き添うから」
「大袈裟すぎないか?」
「一人で行かせて途中で倒れたらどうするのさ」
「……じゃあ、頼む」
「任せてよ」
快く付き添いを申し出てくれた隠岐と一緒に体育館を出る俺を、誰かが見ている気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます