第33話 ミーシャ
都内の家に戻った。もはやピーターもトマスもいなくなってしまった。全部夢だったりして、と口に出してみたが、手に触れたポケットの懐中時計がやはりあれは全て実際に起こったのだと主張していた。アガタには返しそびれてしまった。そもそもアガタはあの盛大に流血していた元天使をどこにかくまったのだろう?
自分のチームは誰もいない。いや、厳密にはきっと各々がこの空の下で新たな人生を歩み始めているのかもしれない。ただ、誰もいなくなってしまったと、無性に寂しくなってしまった。
ピーターは姉の小夜子の為に寿命を分けて転生し、トマスはどこかへ消えてしまった。アガタは白い翼を持っていたからきっと天使になっていて、逆にあのいけ好かないニコライは翼がなくなり傷だらけの血まみれで、地獄に行く代わりに多分人間になった。何となくだが、あの二人はお互いを求め合っていたから、少なくともアガタは彼を助けていたようだから、立場はどうであれ一緒にいるような気がする。
それにしてもピーターもトマスも一体どこに行ってしまったのだろう?あの二人こそお互いを想い合っていたからてっきり一緒にいるのだとばかり思っていたのだが…。
なんだか、エンディングを見る前に映画館から出てしまったような、そんな気分だった。
感傷に浸って窓から外を眺めれば、白い影がのっそりとベランダを横切るのが見えた。
窓を開けると、白猫のジーナがこちらを見上げていた。
『どこ行ってたの?』
身体を僕の足にこすりつけながら部屋に入ってきた。
『アガタもトマスも戻ってこなくて。』
「ごめん、ジーナ。お腹すいてる?ツナ缶ならあったと思うけど」
『ちゅ~るがいいわ、前にもらったけどあれはヤバイわ』
「だよね、知ってたよ」
猫と会話をしている自分に、引き続き魂を取り込む写真師を続けるのだな、とぼんやり思った。それにしてもジーナがヤバイなんて言葉を使っててちょっと面白かった。どこで学んだんだろう…
猫缶とちゅ~るを買いに近所のホームセンターに向かう途中、アガタとトマスの住んでいたマンションの前を通った。それとなく彼らの部屋を見上げるとその部屋についていないはずの灯りがついていた。まさか、彼らは戻っているのだろうか?だが、トマスはともかく、アガタは天使になっていて、あのろくでなしニコライを地獄の門から助け出して…?この団体の借り上げに戻ってしまって大丈夫なのだろうか?
僕はたまらなくなって、階段を駆け上がりインターホンを鳴らした。
トマスは無事だったのだろうか?中から足音がした。
開錠されてドアが開くと、中から顔を出したのは、全く想像していなかった、函館で見たイケメンだが、めちゃくちゃ怖い天使のミーシャだった。黒いロングTシャツに除く鎖骨がどことなく艶めかしかった。
「なんだ、イザヤか。気が変わったか?函館の教区長のポジションならまだ空いているぞ」
「いやいやいや。何だってあなたがここにいるんですか?」
「お前こそ何してる?」
「僕はジーナのご飯を買いにこの先のホームセンターに行く途中で」
「ああ、あの化け物か。お前といいピーターといい酔狂だな。あんなものを傍に置くなんて」
「あなたには関係ないです。で、あなたは何を?」
「遺品整理だ。ピーターに頼まれていてね」
「ピーターに?ポールではなく?」
「ああ、ピーターに。ポールではなく」
「ピーターはどこにいるんですか?彼は死んだと聞いたけど」
「ああ、彼は無事転生の道に戻った。だからもう使徒の彼はいない」
「じゃあ、遺言ってこと?」
「まあ、そういうことだな」
「トマスとアガタは?」
するとミーシャは、
「お前、そんなことを聞いてどうするんだ?」
僕が答えに詰まると、
「教区長なら
「そもそも
これまで、何となくピーター、トマス、アガタと僕でチームのようになっていたが、人間は一人もいなかった。そして誰もそんなことは詳細に教えてくれなかったし、それでも仕事は回っていた、だって彼らがいたから。どこかで、彼らとの別れはこの仕事が終わるときだと思っていたので、あまり深く考えてこなかった、恐らく自分の理解を超えるからだ。
「ま、ここじゃなんだから入れ。私が説明する」
僕の苛立ちを受け止めてくれたのか、ミーシャは、体をドアの横に避けて僕を促した。
「僕の頭の中を覗くことはしないと約束してくれますか?」
じゃなきゃ絶対、何があろうとあんたに協力なんてしないからな、と頭の中で叫んで睨み上げるとミーシャは楽しそうに笑いながら、
「分かった、約束する。私はミハイルだ。ミーシャと呼んでくれてかまわない。137歳、独身、男も女もいける、今はフリーだ。よろしく」
「あんた、天使なんじゃないの?」
靴を脱ぎながら返すと、
「相違ないな」
なんの躊躇もなく答えが返ってくる。
「天使が独身とか、当たり前だろう?それに男も女もOKってあんたどんな自己紹介だよ、いきなり性癖開示するな。」
あきれて思わず言うと、ミーシャは声をあげて笑いながら、君とはウマが合いそうだ、と言って部屋の中へ促した。
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