12 蛇、いやーーーっ!①
「蛇、いやーーーっ!」
結局ミネを追い聖ソリーチェ寺院の前に到着したマルツィアだが、心の声を制御できずにいた。広場の中央でとぐろを巻くのは、白い蛇。その頭部は寺院の尖塔の高さにまで及ぶ。胴体をぐるぐる巻いてあの大きさなのだから、全身を伸ばせばハルーンのどの建物よりも長いだろう。
蛇ではあるのだけれど、身体には巨躯の割に小さめの手足がついており、顔は硬そうな毛に覆われている。ついでに顎は狼のように逞しく発達していて、鼻の横には二本の長い
「蛇っ、蛇っ、蛇、なんで髭が?」
白蛇の姿は少し前に船上で見たはずだが、逆光のせいか、細部までは目に映っていなかった。まさかこんな異形の蛇だったとは。
大混乱をきたしたマルツィアは、アンナに完全にしがみついている。それを横目に、ミネは険しい顔で白蛇を睨み上げ、冷静に訂正した。
「あれは
「毛深い蛇さんいやーーー!」
「お嬢様、お気を確かに」
もはや全部いやなのだ。頭を抱えて叫ぶマルツィアをちらりと見、ミネが奥歯を噛み締めて、絞り出すように言った。
「くっ、マルツィアが発狂している。
「術など使ってはおらぬわ。その娘の前世の身体を食ったのは我だ。魂に刻まれた死の記憶ゆえ、竜を見ると怯えが走るのだろう。とにかく、娘よ。奪った朝の宝玉を我に返せ」
「おお、大蛇が喋った」
気づけば隣には、長く白い顎鬚を手で撫でつけながら、長老魔術師が悠々と立っていた。ころんと丸みを帯びた肩には、白くてぼさぼさの長毛をした老フェレットが乗っている。長老の使い魔だ。
「しかし巨大な蛇よのう。まさかこの年になりこんな奇怪なものと出会うとは。ふぉっ、ふぉっ」
「長老、何を笑っているんですか。そんなこと言っている場合ですか!」
今にも掴みかかりそうなマルツィアの乱心を手で制し、ミネが凛然とした様子で一歩踏み出した。上背があり、すらりとした肢体を持つので、何をしてもいちいち様になる。
「ご老体、ここは私に任せるのだ」
長老は垂れ下がった白い眉毛に隠された目を丸くして、ミネの横顔を見上げた。
「うぬ? そういえば見慣れぬ魔術師だな。何者だ?」
「私か? 我が名は
「私の使い魔です!」
これ以上話をややこしくしないで欲しいマルツィアが反射的に言えば、長老は虚を衝かれたような顔をする。空気が凍り付いたように停止した後、どろりと溶けて生温いものが漂った。
その奇妙な雰囲気を、どかん、という衝撃が引き裂いた。地面で呑気に会話を交わす人間たちに焦れた白蛇が、尾を打ち下ろしたのだ。止まった時が再び動きだすと、長老は顎髭を撫でながらふぉっふぉと笑う。
「おお、美形人型の使い魔とは、なんと破廉恥な。さぞかし愉快な毎日じゃろうな。あんなことやこんなこと」
「人型だとまずいのか? ならば元の姿に戻ろうか」
「元の?」
「私の本来の姿は
「へ?」
黒竜。竜、竜、ドラゴン……?
突然の暴露にマルツィアは、ひっと喉を鳴らし、アンナの袖を握る力を強めた。
「ええっ、ドラゴン!?」
「竜とな! 悪しき魔物が使い魔だと?」
マルツィア嬢の使い魔はドラゴンらしい。その言葉が人垣に伝播する。何やら周囲が騒つき始めた。混乱するマルツィアに代わり、近くにいた魔術師が訊ねた。
「ドラゴン……大きな
「断じて蜥蜴ではない。神だ。忌まわしきことに、あの白竜の黒い版が私なのだぞ。因縁の相手というやつだ。よし、見るが良い」
制止する間もなく、早とちりなミネが変化を始める。
「ぎゃああああ! やめてくださいいいい」
端正なミネの姿が大嫌いなにょろにょろに置き換わる様に、マルツィアは絶叫の上、額を押さえてよろめいた。卒倒しそうになったものの、すんでのところで正気を保ち、頭を振って気力を取り戻す。
目を開けばミネは、黒い蛇になっていた。彼の申告通り、白蛇の姿形と完全一致の色違い。
しっとりと湿ったように黒光りする体表には意識を向けないようにしつつ、マルツィアは、
「ど、どどどどちらにしてもダメですよ。蛇は狡猾で邪悪な存在ですし、ドラゴンは勇者に退治される悪者なんです」
「何だと⁉︎ 竜は神ではないのか? くっ、西方の人間はわからぬ。わからぬぞ!」
「とりあえず、ここは私に話を合わせてください」
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