第47話 スローライフ配信者。焼き芋会に呼ばれる
結局、八柳さんの動画編集についてはどう編集をするのか先方にメールにて確認することにした。
機材の関係で発生した雑音を除去したり、手が疲れて休めている部分をカットして欲しいとのことだったのでその作業をすることにした。
まあ、最初からそういう指示書を作ってくれという話ではある。
俺はエスパーじゃないから指示書がなければどう編集していいのかわからんのだ。
そんなちょっとしんどめの仕事を終えた俺のところに真木さんから連絡がきた。
「近々、焼き芋をやるから一緒にどうか?」という誘いだった。
俺は行く旨の返事をして当日を待った。
「というわけでクロベー。留守番を頼む」
「なぜ我も連れて行かない」
クロベーが犬小屋でぐるるうと唸っている。けっこう怒っているようである。
「まあ、そりゃお前も一応モンスターなわけだしあんまり人前に出るのはまずいんじゃないかなって」
一応、クロベーの存在はあの時一緒にダンジョンに行ったメンツは知っている。
でも、今回のイベントには真木さんの知り合いも多数いる。その人たちが怖がらないように配慮は必要である。
「我が人を襲うわけないであろう。我は菜食主義者だ」
「ちゃんとお土産持って帰ってやるからそれでガマンしてくれ」
「ウーーー!!!!」
威嚇されてしまった。これはしばらく機嫌を直してくれそうにないな。
俺は後ろ髪を引かれながらも真木さんの家へと向かった。
少し早めに来てしまった感じがする。ブラック社畜時代の早め早めの行動が身について未だに取れないな。
始業1時間前に来ても遅刻扱いとか今にして考えると相当な真っ黒い行為である。
今は真木さんが焚火台に火をつける準備をしているようである。
「真木さんこんにちは」
「ああ。狩谷さんこんにちは。もうすぐ火がつきますから少し待っていて下さいね」
真木さんが焚火台に木材を入れている。切り口が結構キレイなように見える。
「この薪を買ってきたんですか?」
「いや。これは端材ですね。ウチは工務店なのでどうしてもできてしまうものです。本来なら処分するものですけどね」
「なるほど。エコですね」
循環型の生活とも言うべきものだろうか。無駄がない行為というのは見ていて気持ちが良いな。
「うー……寒っ……」
冷たい風が吹いてくる。今日は結構冷え込むな。それなりに厚着してきているのに、どうしても肌が冷える。
寒いことには寒いけれど、焼き芋が美味しく食べられる気候でもあるな。
これは芋が出来上がるのが楽しみだ。
「よし火がついた」
焚火台に設置された木材から火が出ている。
しばらく待っていると、パチパチと焚火の音が聞こえる。この音を聞いているとなんだか癒される。
「良かったらこっちに来て温まりませんか?」
「あ、はい。では失礼します」
真木さんに言われて焚火台に近づいて手をかざしてみるとあったかい。冷え込んだ体が解きほぐされていくようだ。
そうして待っていると人が続々と集まってくる。
この中に知り合いはいないな……ん? いや、なんか見知った顔があるな。
「ふ、ふふふ。焚火あったかい」
八柳さんだ。この人も呼ばれていたのか。
「八柳さんも来たんですね。と言うか真木さんの知り合いだったんですか?」
「いえ。初対面。ただ、知り合いの知り合いってだけ」
知り合いの知り合い……なんか微妙な距離感だな。
同じ焚火台で暖を取っているけれど、特に会話をすることもないな。
気まずい空気が流れる中、八柳さんが口を開いた。
「あの……動画を編集してくれてありがとう」
「あ、いえ。こちらも仕事ですから。こちらも依頼をしてくれてありがとうございます」
きっちりお礼を言える人だったか。ん? 待てよ。
「え? というか、俺が編集者だって気づいていたんですか?」
「ええ。実績の動画を見たら狩谷さんが映っていたので」
まあ、たしかに実績として俺が編集した動画をポートフォリオに載せているけど。
俺だとわかっていた上で依頼してくれたのか。
まあ、こうなってしまえばビジネスパートナーだな。
無下にするわけにもいかない。ここは営業職で鍛えたトークで関係を築いていくか。
「八柳さんは前からダンジョン配信をしているんですか?」
「ええ。あんまり伸びてなかったけど……」
「あー。そうですよね。最近はダンジョン配信の需要もあるけど、供給の方が多くて中々伸びないですよね」
数多くのダンジョン配信者が有名になることを目指してがんばっている。
しかし、その夢も潰えて消えていくのがこの世の無情なところだ。
みんながみんな理想的な人生を歩めるとは限らないからな。
一時はダンジョン配信バブルでどんな配信でも伸びていたけれど、今ではそれも落ち着いて爆伸びするのも一部の人に限られている。
よほどの天才でもなければ大手に勝てないのが現実である。
「私も引退を考えていたけど、あのダンジョンを見つけてからはそこでの暮らしを配信することでなんとか伸びることができた」
「よくそんなこと思い付きましたね。ダンジョンの壁を叩くだけの配信だなんて」
「真似はしないでね」
「しませんよ」
真似しろと言われても、ただひたすらに数時間ダンジョンの壁を叩き続ける生活をするなんて嫌すぎる。
ある意味でその根気があるのも才能というやつなのだろうか。
「狩谷さんこんにちは」
背後から声がする。振り向くとそこには修二君がいた。
「おー。修二君。こんにちは」
「あれ? そちらの女性は?」
「あ、えっと……私は……」
八柳さんが明らかに挙動不審になっている。そう言えば、この人俺と初めて会った時も警戒をしていたな。
人見知りをするタイプなんだろうか。
「この人は八柳さん。まあ、この辺に住んでいると言っていいのかどうかわからないけど……」
「えー。なにそれ。なんかハッキリしませんね」
修二君はケラケラと笑っている。まあ、ダンジョンに住んでいる変人だなんて本人の了承なしに言えるわけもないか。
「狩谷さん。芋食いたいですねー」
「そうだね。もうそろそろ焼き芋が恋しい季節になってくるし」
「なんかこういう季節になると年末って気がしますね」
「むー。そうか。もう年末か。時間が流れるのは早いな」
俺がこの田舎に来たのは8月くらいのところだ。それがもう冬の季節になっている。
年を取ると1年が早く感じると言うから来年はもっと……いや、考えるのはやめよう。
修二君とそんな世間話をしているが……
さっきまで普通に話せていた八柳さんの口数が減ってしまった。
まあ、この人はあんまり初対面の人間と話すのは苦手そうだからな。
それとも3人以上の時は会話に参加できないタイプなのだろうか。
そういう人も中にはいるからな。まあ、無理に話させるわけにもいかないか。
「そろそろ芋を入れますね」
焚火に火がついてから数十分経過して火も完全に燃え上がっている。
真木さんが焚火台にアルミホイルに包まれた芋を投入する。
もうすぐ焼き芋が食べられると思うとなんだか楽しみになってきた。
「あ、そうだ。狩谷さん。もうしばらくしたら、ウチのお爺ちゃんが来ますね」
「修二君のお爺さん? そう言えばまだ会ったことなかったね」
たしか養鶏場で働いているとかなんとか。生き物を扱うような仕事だから決まった休みが取れないって聞いた。
結構大変な仕事なんだな。
「今日も仕事でちょっと遅れてくるらしいんすよね」
「そうなんだ。ちゃんと挨拶しないとな」
「まあ、そんなかしこまらなくても良いですよ」
修二君はお爺さんとは身内だからか気軽に言ってくれている。
けれど、こちらは初対面だから失礼にならないように気を遣わざるを得ないんだよな。
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