第44話 スローライフ配信者。ダンジョン時代の新技術(?)に触れる
俺はトーストにブルーベリージャムを乗せた簡易な朝食を食べながら朝のニュースを見ていた。
とある興味深いニュースの見出しが流れてきた。
「今年のダンジョン大賞に日本人が受賞しました。史上初の快挙です」
ダンジョン大賞。ダンジョンが世界にできてからできた賞で未解明な部分が多いダンジョンの研究を促進するために創設された賞である。
平たく言えばダンジョン研究のノーベル賞とも言われている。ダンジョンやダンジョンに生成されたアイテムに関する学術的研究の価値を競うものである。
一部のダンジョン配信者は研究機関と提携して、研究目的でダンジョンに潜るケースもあると言う。
まあ、ダンジョン配信者を引退したし、研究者でもない俺には関係のない話だ。
いずれ俺もダンジョン配信者になってスポンサーがついたり、バックに研究機関ができたりなんて妄想もした時期はあった。
そして、いずれはダンジョン大賞を受賞するようなものをダンジョン内で発見……なんて妄想をしていた。
今となっては、若気の至りってやつだ。
「受賞した張本教授はK大学の教授で普段は畜産の研究をしていると言います」
まあ、大体こういうのは教授とかが受賞するよな。ダンジョン内で有用なアイテムを発見したとしてもその効能がわからなければ意味がない。
例えば、ダンジョン配信者が見向きもしなかった石が、実は肩こりを直す特殊な電磁波を発している石だと証明しなければ意味がない。
その石をいくら拾ってきても、効能がわからなければただの石である。
そして、効能が判明した時に功績者となるのは拾ってきた人物ではなくて、効能を発見した人物だ。
いわゆるその石を研究した人物ということだが、大体は教授になるだろうな。
ダンジョン配信者は研究のプロではない。未解明の物体の効能を調査するのは別の人の仕事である。
とは言っても、一瞬で効能がわかるようなものも中にはあり、そういうものは最初に発見したダンジョン配信者の功績となるだろう。
ちなみに、肩こりを直す特殊な石を使ったネックレスはヒット商品になっている。
あまりにも効きすぎて、危険だと陰謀論を振りかざしてる人物もいる。わざわざネックレスを買ってアルミホイルを巻いて封印している人もいたとかなんとか。
アルミホイルで例の特殊な電磁波が遮断されるのかは知らない。
まあ、実際になにかしらのデメリットはたしかにあるだろう。実際に体質に合わない人は稀にだがちゃんといるみたいだし。
その場合は使用をやめるように注意喚起をされてはいるが……まあ、陰謀論者からしたらそれ見たことかって感じだろうな。
テレビの方ではダンジョン大賞受賞者の記者会見がされている。
「この発見をした時は驚きましたよ。なにせ、ウチで飼育している牛がしゃべったのですから」
へー。牛ってしゃべるんだ。まあ、犬がしゃべるんだから何もおかしいことはないな。
「牛が食べている飼料にダンジョン産の食材を混ぜてましてね。元は乳牛のミルクを増やすための成分として期待していたものです」
まあ、ダンジョンから色々な食べ物を拾えることはあるからな。マナナッツもそうだし。
「それに牛の声帯に変化を与えて、鳴き声にバリエーションを持たせる効果がありました。そうすると牛もわずかながらに人語を理解してしゃべることができるとわかったのです」
マジかよ。牛ってそんな頭いいのか。
「実際に牛がしゃべっている音声があります。これをお聞きください」
「ねみぃ~」
「ほら、眠いと訴えています。聞こえましたよね?」
たしかにねみぃ~っと言っているように聞こえるけど、こんなん空耳レベルだろ。
まあ、普通の牛がねみぃ~なんて鳴くわけないから実際に声帯になにかしらの変化はあるのだろうけど。
「他にもこんなことを言っています」
「だりぃ~」
なんでちょっと気だるいのがかっこいいと思っている中高生みたいなことしか言わないんだ。
もぉ~以外の鳴き声のバリエーションが増えただけだろ。と思わないでもない。
と言うより、仮に牛が言語学習してそのような言葉を話しているとしたら、普段この牛のお世話をしている人の方が心配である。
牛を世話している人の言葉を真似しているってことだろ?
大丈夫か? ちゃんと休養とれているか?
そんな心配をするのは俺がブラック企業に染められてしまった過去があるからだろうか。
酪農家は朝早いとも聞くし、眠くてだるいのは仕方のないことかもしれない。
「これはまだ実験段階ですが、将来的には人間と動物が人語を介してコミュニケーションできる時代が来ると思います」
人間と動物がコミュニケーションを取れる時代か。夢がある話だけど、実際どうなんだろう。
例えば、今回の件で言えば牛が人語を理解できるようになった時に、牛視点だと同族を食っている人間に対して何を思っているのかわかってしまうからな。
なんか動物を食べるのがかわいそうという思想の過激化につながってしまうのではないかということも……
動物にも人権をとかどこぞの団体が言いかねないような気がする。
今回は乳牛だからまだ良かったものの、肉牛だったら……なんか想像するだけで嫌だな。
◇
「というニュースがあったんだ。クロベー」
「ふむ。人間と動物がコミュニケーションを取れるようになる時代か。なかなかに興味深いな」
お前が言うのか……
「クロベーは人間についてどう思う?」
「その回答はできぬ。レンも人間には気に入る人間と気に入らない人間がいるだろ? 我も同じだ。人間をひとまとめにして語ることなどできぬ」
まあ、確かに。俺もこの村のみんなのことは気に入っているけど、前の会社の上司のことは今でも気に入らないからな。
「ただ、我は少なくともレンは良き友人だと思っている」
「それはどうも。俺も同じ気持ちだ」
なんか面と向かって言うと照れくさいな。
「ただ、動物の中には人間をひとまとめにして嫌うようなやつもいるだろうな」
「やっぱり、クロベーもそう思う?」
「うむ。コミュニケーションは時には他者との絆を育むが、時にはお互いに話せない方が、出会わない方が幸せだったということもある」
随分と達観している犬だな。まあ、確かに実は飼い犬に嫌われていたなんて事実が発覚することもありえるし。
「クロベーは今回のダンジョン大賞のことをどう思う? あれは良いものだと思うか?」
「ふむ。そうだな。物事にはなにごとも良い面と悪い面がある。あの技術がなければ、幸せだったという人もいるだろう。だから一方的にあの技術は善。あの技術は悪だと我には断定することはできぬ」
考えてみれば人間の歴史というものはそれに繰り返しかもしれない。
自動車が開発されれば馬車を走らせていた御者が失業する。
自動車のせいで命を落とした人だっている。
しかし、そうした負の側面はあるものの、自動車は確実に人類にとって恩恵を与えているのだ。
総合的に見れば自動車は良い技術であると俺は思う。実際、自動車のお陰で人々の技術は豊かにはなっている。
でも、本当に人類は豊かになって幸せになるのだろうか。豊かさのために犠牲にしているものはないのか。
そういうのを考えてみる時間というのも時には大切なのかもしれない。
「ただ、レンよ。私はあのダンジョン大賞に対して一言申したいことがある」
「なんだ? クロベー」
「ねみぃ~とかだりぃ~とかしか言わない牛のなにが凄いのだ?」
「それはそう」
俺たちは既にベラベラとしゃべる犬(モンスター)がいること知っている。
しゃべれるようになる果実の存在も知っている。再現性については要検証だけど。
この奇々怪々なモンスターの前では、ちょっと出せる声の幅が広がった程度の牛が霞んで見える。
まあ、あの教授も俺がクロベーの存在を秘密にしていることが幸運だったな。
もし、俺が先にクロベーを世間に公表していたら、あの受賞もなかっただろう。
ある意味で俺の選択によって、1人の教授とそのバックについている大学が幸せになったということか。
人生何が起こるかわからないものだ。
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