寝癖
糸花てと
第1話
七分袖、麻のパジャマのまま、
鏡に映る寝癖をチラッと見る。二回、手で押さえた。
「日曜だし、別にいっか」
ペタペタ、裸足。キッチンへ行く。ボールに菜箸、冷蔵庫から卵を取り出す。
少し考えたあと、食パンを二枚トースターに並べ、メモリを回した。
ボールに卵を割り、軽くかき混ぜる。急いで冷蔵庫から取り出したのはマヨネーズ。かき混ぜた中へ、円を描くように入れた。
フライパンを熱している間、ボールの中身をよく混ぜた。
熱されたフライパンに、卵を流し入れる。時々混ぜながら、スクランブルエッグは完成した。
早々に鳴っていたトースター。白いお皿にパンと、スクランブルエッグを盛り付けた。
「……おはよう」
先程、祥司が出てきた部屋から、
あくびをした葵、ボワッと広がった寝癖に、祥司は吹き出した口を慌てて隠す。
「おはよう、葵」
そう声を掛けながら、テーブルに朝食を並べていく。
洗面所からは、水の音。葵がいる。祥司は自身がよく使うマグカップに、コーヒーを作った。葵がよく使うマグカップ、それからボトルと牛乳をテーブルに置く。
「お洒落な朝ごはん〜」
ゆるく、そう言った葵は、椅子に座った。祥司も椅子に座った。クシでとかした髪、広がりはおさまったけれど、毛先がくるんっと寝癖は取れてない。
「卵をのせただけですよ? というか、葵と暮らし始めてからだよ。ちょっと頑張りたいって思うの」
マグカップに、濃縮して飲むコーヒーを入れている葵の手が止まる。
「いつもの祥ちゃんでいてよ」
「いつもの俺だよ。だけどさ、たまには頑張らせて」
牛乳を注ぎ、混ざり合い、淡い色。
祥司がそう言うのは、葵が消極的な性格だから。年齢をみて、自身が追い付いてないという焦り。
祥司はこれまでも、二人でいる時に、葵が緊張しなくなってきた頃を見計らい、行動に移してきた。
祥司は立ち上がり、部屋へ行く。少しすると、戻ってきた。もぐもぐと、朝ごはんを食べている葵の前へ、小さい箱を差し出した。
「開けてみて」
解けるように、やさしく、祥司は葵に言った。
祥司の手ではおさまっていた箱は、葵の手では大きく見えた。
少し力を入れて開けられた、小さい箱。蛍光灯に照らされたそれは、わずかながらも、しっかりと輝いている。
「……指輪」
「一緒に生活してきて、友達からは時間かかり過ぎとか正直……いろいろ言われた。だけど俺は、今だと思ったから言うね」
〝結婚、してください〟
サラッと言う、そう考えていた祥司は、少し言葉に詰まったことに目が泳ぐ。
「……結婚」
びっくりする。びっくりし過ぎて固まる。その辺りを予想していたのに、ぼんやりする葵。
「葵……?」
「ん?」
「俺の考えでは、良いタイミングだと思ったんだけど……返事は焦らなくていいからね」
葵はコーヒーを飲み込み、マグカップを慌てて置いた。
「違うの。朝だから、頭働いてなかった。今みたいな延長だと考えたら、これからもよろしくお願いしますっていう気持ち」
そう言って、葵は会釈した。その言葉に、祥司は笑顔を向ける。
「ちなみになんですが、プロポーズするのに良いタイミングだったというのは?」
小首を傾げ、葵は聞く。
「起きて部屋から出るまでに、着替えが終わってる時。同棲しててもその割合が多かったんだ。最近はパジャマで出てくるし、今日なんかは寝癖のまま」
「祥ちゃんだって寝癖」
「俺はいつもこうだよ」
「確かにそうだなぁ」
だらっとしてるのが祥司。突っ込むところが見当たらない葵は、リモコンの電源を押す。
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