墓守
一面に並ぶ石の塔。あるものは苔むし、またあるものは建てられたばかりでまだ新しい。ここに立つ建造物たちは、死の空気を放っている。不思議とそれは人を驚かさない。ただ、静謐で、人が賑わっている場所とは明らかに異なる感覚が、来る者を厳粛な気持ちにさせる。試しに雑踏の中からここへと足を踏み入れてみるとよい。必ず、あなたはそれまで急いでいた歩調を緩める。何かがそうさせるのだ。それは規則でもない。強制でもない。人の死という事実が無機質な石々によって無数に示されている。その事に体や精神の奥底が否応なしにさらされると、誰でも無言で歩みを止めるのだ。そうして自分の中に生じた沈黙と向き合いながらまた歩み始める。
墓守はそれをただ静かに眺めている。
どれほどの風雪がこの老人の身を吹き抜けていったことだろう。そこにあるのはただ厳然とした死という事実に向き合い続けた人間だけが持ち得る、厳しくも時折慈しみを見せるような透徹した眼差しである。彼は長く白い髭をたくわえ、うつむきがちに墓の中を歩いて回る。彼にとって墓は墓であって墓ではない。一つ一つの石のかたまりが墓守にとっては親しみ深い友人だった。
墓は様々な表情を持っている。にぎやかに来客の絶えない陽気な墓もあれば、ゆっくり石の色味が増して落ち着いている墓もある。決して数は多くないが、ある特定の人物だけが誠実に訪れることをやめない、そんな幸運に恵まれた墓も確かに存在する。墓守はそのすべてを愛おしむような眼で見回すのが常であった。
墓守がどこから来てどこに帰っていくのかを知る者はいない。彼はいつもこの墓場で墓石たちを見守っている。まれにすれ違って会釈をするものもいたが、近寄りがたい雰囲気を発しているこの老人に話しかける者はいなかった。彼は孤独だった。しかし、この場所にいること自体が彼にとっての安らぎだった。
そうして幾星霜は過ぎていった。
ある日、枯れ木が音もなく倒れるように墓守は死んでいた。苦痛のあとのない、安らかな死に顔だった。人々は誰に見られるでもなく死んでいった彼、長い間この墓場を見守ってくれた彼を丁重に葬ろうとしたが、誰に聞いてもこの墓守に身寄りがいるのかどうかは分からなかった。しかし結局のところ、心ある人たちが金銭を出し合いこの誠実な老人に対してささやかな墓が送られることとなった。
いまも、墓守の墓は墓地の片隅にあって静かに周囲を見守っている。ここを訪れる人はほとんどこの小さな墓には目もくれない。だが時折、歩くのに疲れてこの墓の近くに腰をおろした人は石にこう刻まれているのを見るだろう。
誰よりもこの場所を愛した
墓守ここに眠る
永遠に、眠ることなく
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