真夏の夜の悪夢

羽弦トリス

第1話プロローグ

最終電車が終わった無人駅構内。

外は大雨。

真夏のゲリラ豪雨と言うものなのか?


数人の大人達が取り残されている。

1人の男性はスマホで家族に電話して、車で迎えに来るように電話をしている。

若いカップルもいた。雨が止むのを手を繋ぎ待っている。 

この無人駅にタクシーやバス停なぞ無い。

ギターを背負った若い男性は、構内の地べたに座り雨をやり過ごそうとした。

ホームレスが1人。1本目のワンカップを飲みながらベンチに座っている。


そこに30代の男が1人喋りだした。

男は、ギターを背負う若者に。

「君、それギター?バンドやってるの?」

「はい」

「君、怖い話し好き?」

「はい。どちらかと言えば」

「じゃあさ〜、この話し知ってる?ある登山隊の2人が雪山に取り残されて、2人だけになり、1人は足に大怪我をした。動ける片方の人間は、食事を探すと言って、外に出て隠しておいた食料を自分1人だけ食べた。怪我している男は日に日に衰弱して死んでしまった。残された男はその死体を雪の中に埋めた。だけど、翌朝起きると埋めた男が横によこたわっている。何度も埋めたのに翌朝には隣にいる。……えぇ〜と、続きがあるんだけど、忘れちゃった。でも、怖いでしょ?」

と、その男はバンドマンに言うと、

「えぇ、そうですね」

「でも続き忘れちゃったんだよねぇ〜」


外の雨足は強くなる。

「私はその話の続き知ってますよ」


30代の男は振り向いた。

言葉を発したのはさっきまで居なかった、黒いスーツを着て、ネクタイ姿の中年男性であった。その男性は、夜だと言うのにサングラスをしておりそこら辺のオジサンだ。特徴は強いて言えば、肥満体型。

だが、決して不自然では無い、笑みを浮かべながら立っていた。


「あっ、オジサン、この話し知っているんですね?」

と、男が言うと、

「はい。知っています」


「だから、ママを起しなさい。車で来れば5分も掛からないんだから。……持ってないよ。天気予報じゃ雨は言ってなかったし。……パジャマで良いから迎えに来てくれよ!」

サラリーマンは、家族と電話している。


「オジサン、その話の続き教えて下さい!」

30代の男が言うと、バンドマンも、

「オレも聞きたいな」

電話中のサラリーマンも、

「私も興味がある。話してくれよ!退屈しのぎに。……もしもし、待ってるからね」

サングラスの男はポツポツと語り出した。

「それは、夏の日の事でした」

「おいおい、雪山の話しはどうしたんだよ!それを話しておくれよ」

と、サラリーマンが言うと、30代の男が、黙って聴きましょうと宥める。


サングラスの男以外はベンチに座り、中年男性は立っている。

カップルは手を繋ぎ、バンドマンはギターを壁に立て掛け、ホームレスは2本目のワンカップを飲みながら、サラリーマンはスマホをポケットにしまって、全員耳を傾けた。

真夏だと言うのに、駅構内は冷えていた。空調設備のない駅だと言うのに。


ザァーという雨の音を遮り、中年男性は教壇に立つ教師の様に語り始めたのである。


「これは、夏の登山隊の話しです」

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