第四十二話 カノ?

 その後、朝食を満喫した俺たちは狭霧の待つ病院へと再度足を向けていた。心なしか満足気なロミヤを横目に、俺はその扉を開ける。


「狭霧。来たぞ」

「おう」


 視界には予想通りぐうたらしている狭霧と…。


「…何でお前ここにいんだよ」


 病室にいたのは狭霧だけではなかった。ベッドの脇で本を読みながら寝転がる妖怪。レジリアである。こいつフォージアから出るって言ってなかったっけ?


「え、狭霧は入院中だからだろ?」


 俺の隣から姿を病室に顔を覗かせたロミヤ。

 違うんだロミヤ。レジリアに言ったんだ。

 ちなみに今は能力を発動させているので狭霧はロミヤのことを見ることができない。


「そっちじゃねぇよ」

「何一人で喋ってんだよ」


 当然のツッコミである。


「一人じゃねぇよ」

「あ、レジリアと喋ってんのか」


 狭霧はそう言ってレジリアと真逆のほうに顔を向ける。

 あれ、つまり今はレジリアも能力を発動させて見えない状況?だけど俺は能力で見えていて…。


「違ぇよ。レジリアじゃなくてロミヤだよ」

「俺の名前はレジリアであってるよ」

「は?」


 レジリアが俺に訳の分からない言葉を放つ。日本語を話せ。ここはルナソルだ。


「誰かと思ったらお前かよ」

「俺だよ」

「そっちにいたのか」


 狭霧もレジリアの位置を掴んだ。どうやら能力を解いたらしい。


「誰だよこいつ。あ、こっちが狭霧?」

「ふふっ…」


 ロミヤ笑わせるな。今お前の姿は狭霧に見えていないんだぞ。


「違うよ」

「は?違うのかよ」


 疑問符を浮かべるレジリア。お前じゃねぇえええ!


「レジリアじゃねぇよ。ロミヤだよ」

「いや、俺の名前はロミヤじゃなくてレジリアだって言っているだろ」

「そういう意味じゃねぇよ。てか、ロミヤ見えねぇのかよ」


 てっきり認識阻害を使う者同士は視認できるものだと思っていたが違うらしい。レジリアにはロミヤは見えていない。


「見えなかった」

「お前じゃねぇよ」

「あ、俺?」

「違ぇよ」


 不機嫌そうに頬を膨らませる狭霧。お前は話にすら入ってないだろ。萃那の真似か?可愛くねぇよ。


「え、俺?だからレジリアだって…」

「お前じゃな…いや、お前だわ。ロミヤ見えねぇのかよ」

「ロミヤって誰だよ」

「こいつだよ」


 俺は横を指差すがロミヤが頑固として能力を解こうとしない。こいつ!


「どいつだよ」

「そこにイマジナリーフレンドでもるのか?」

「違ぇよ。お前がいるから必要ねぇよ」

「は?必要じゃないの?命よりも大切なんじゃないの?」

「…お前も必要だよ。命…え、俺そんな言い方したっけ?」

「ありがとう」

「レジリア、お前じゃねぇよ」


 いや、マジでレジリアはなんでここにいるの?


「ありがとう」

「狭霧、お前…ではあるか」

「大切じゃないの?」


 ロミヤが俺と狭霧の直線状に躍り出てきた。まだその話してたの?


「…タイセツダヨ」

「え、俺イマジナリーフレンドに負けた?」

「俺も負けた」

「お前は大敗だろ」

「くそっ!イマジナリーガールフレンドだったのか…」

「何言ってんの?お前」


 こいつら駄目だ。狭霧とレジリアとロミヤ。こいつらの関係を一括りに現すとしたら混ぜるな!危険!が相応しいだろう。会話自体が成り立たない。言葉はわかるのに通じないなんてことがあっていいのか?

 この時ほど、この場に萃那がいないことを嬉しんだ覚えはない。奴がきたらそれはもうカオスだ。ツッコミ一人では手が回らなかっただろう。現在進行形でツッコミ不足だが。


「違うの?」


 黙れ。俺は「違うわ!」とレジリアを一蹴した。


「え、違うの?」


 またも俺の前に飛び出してくるロミヤに俺は困惑しながら…。


「え?…え?俺らそういう関係だっけ?」

「何言ってんの?お前…」


 本格的に心配され始めた。それもこれもロミヤが能力を解かないせいなのだが…。


「うるせぇ。取り敢えずこの薬飲め」


 俺は湖影からもらった回復薬を狭霧に投げ渡した。


「ありがと」


 それだけ言い放ち狭霧はその薬をごくごくと飲む。

 俺はロミヤに視線を向けた。


「お前も能力解け」

「ん」


 薬を飲みほした狭霧は不味いものでも飲んだ後のように顔を顰めた。そしてこちらを見て真顔で一言。


「ん?誰だよお前」

「反応薄」

「ヴァネットに唇を奪われた女だよ」

「…ヴァル。ここ病院だからちょっと大きな声では言えないけど、これ————だったりする?」

「普通の治療薬だよ」


 タイミングよく能力を解いたロミヤを幻覚とでも思ったのか?せっかく高給な回復薬を持ってきてやったのに心外である。

 大きく背伸びをした狭霧は満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう。これで残りの入院期間をもっと快適に過ごせる」

「は?」

「あ?」


 俺はベッドにしがみつく狭霧の身体を引っ張った。


「入院生活を止めさせるために飲ませたんだぞ」

「嫌だぁ!私はぐうたら過ごしたいんだ!」


 しばらくの闘争の末、根負けしたのは狭霧のほうだった。

 薬の効果で全回復した狭霧はベッドから飛び起きて病衣を脱ぎ捨て、素早く私服に着替えた。身体の傷の痛みはもう心配ないらしいな。

 これで戦線に狭霧が復帰できるということか。ま、戦闘なんてもうない訳だが…。

 狭霧は小さく溜息を吐きながら横目でロミヤを確認した。


「で、お前は何者なの?」

「お前じゃない、私はロミヤ・グラファス。元祓い屋狩りだ」


 狭霧は「なるほど…」と手を顎の下に運びニヤリと笑った。まさかこいつ。祓い屋狩りの存在を知っていたのか?


「お前…スピカタイプのレジリアタイプと同じタイプか」

「は?」


 ロミヤの素っ頓狂な声が漏れた。安心しろ。俺も同意見だ。

 そんな俺たちのことは露知らず、


「で?ヴァルは昨日の夜、俺を差し置いてロミヤとどこまでやったわけ?」

「…別になんもねぇよ」

「ちょっと殺(や)りあっただけだよ」

「おい」


 止めろロミヤ。その言い方には語弊がある。


「あ、大分だっけ?」


 違うそういう意味じゃない。


「ほぉ~」

「昨日は熱い夜だったね。ヴァネット」

「戦闘がな⁉」


 ▲  △  ▲


「カノ」


 私ことアグレス・メリカロマーシャが一人歩いていると、不意に後ろから声を掛けられた。

 振り返らなくてもわかる。私と同じ最古の魔法使い、通り名でいう“皓月の魔法使い”だ。


「…お前か。その名前は止めてくれ。萃那たちにはアグレスで通しているんだ」


 私は萃那と話すときと違う喋り方で応対する。私、本来の喋り方はこっちだ。あれは作っている自分のキャラに過ぎない。


「霊歌死んだらしいけど…」

「あぁ、ラジアンにな…。てか、お前リアたちの結界を破壊しただろ!」

「あ…ばれてた?」

「あぁ、とんでもない魔力をフォージアから感知したからな。お前ぐらいしかいない。どうせ私のことをお得意の水晶玉で見てたんだろ?手助けしたつもりか?」


 こいつの得意な魔法の一つとして、水晶玉で覗き込んだ相手を追跡して監視できるものがあげられる。そうだ。こいつは常に私のことを監視しているストーカーだ。妙に上手い魔力の隠蔽技術のせいで私では解除のしようがない。


「そのつもりだったけど」


 そいつは誇らしげに胸を張ってみせた。私はそいつに顔を近づけて怒号を放つ。


「私一人でもあいつらを助けることは出来たっつーの‼」

「なによ。ラジアンの捜索に手間取られた挙句逃げられたくせに」


 そいつの煽り口調に私は苛立ちを隠せない。


「あぁ?萃那がいたんだから仕方ないだろ!あいつがいなければラジアンは確実に殺せてた!」

「あぁ、そう」


 そこでようやく沈黙する私たち。微妙な空気間に耐え切れず、短気な私はすぐに痺れを切らした。


「で、なんの用だよ」

「あら、用がなきゃ話しかけちゃダメなの?」

「そういうわけじゃないけど…」


 私は内心で舌打ちをする。こういうことを言われた時、どう返すのが正解なんだろうか。


「あまり危ないことしないでね」

「はぁ?お前は私の母親になったつもりか?」

「そういうわけじゃないけど…。貴方、紅霞が死んでから無茶ばっかするから…」


 紅霞の名前を出された途端、私は声を張り上げるのを躊躇した。多分変な顔をしてると思うから、私はそいつに見られないように徐に俯いた。


「そりゃそうだろ…あいつは私たちのライバルかつ親友で、私が大切にしたいと思った数少ない内の一人だったんだから…」


 紅霞が死んだ瞬間から、私は復讐のためにだけに生きている。あの瞬間から、私の中の時計は止まっている。何も変わっていない。

 霊歌が死んだことだって紅霞が死んだことに比べれば些細な問題じゃなかった。

 あの日から私は紅霞のために生きている。リアやカルヤを助けたのも、私が彼らを気に入っているわけじゃない。紅霞が彼らを慕っていたからだ。

 不意にネガティブ以降になっていた私は、再度そいつを睨みつけた。


「ただただ気に入らないんだ。紅霞を殺したラジアンも、それを防げなかった私も…」

「でも…」

「しつこいぞ!危険だから、お前もラジアンには手を出すな!あいつは絶対に私の手で殺してやる。それが、私が紅霞にしてやれる最初で最後の恩返しだ」


 今自覚した。私はこいつの前でだけ、強い自分演じているのかもしれない。紅霞を失う前まではこんな雰囲気じゃなかったのにな…。

 心の中で溜息を吐きながら私は彼女に背を向け、そそくさとその場を後にする。


「その口調、萃那ちゃんたちの前では見せないようにね」

「…わかってるっつーの」


 私は振り返らなかった。

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