第四十一話 久々の安寧

 アグレスと萃那が立ち去った病室で、俺は隣にいるそいつに声を掛けた。


「ところでさ…なんでお前まだいるの?」


 俺が視線を向けた先にいるのはレジリアだ。ベッドの端で足を組んで座り、俺の本を読んでいる。

 先ほど萃那たちが来たときは能力で隠れていたらしい。おかしいな。こいつさっき出ていったばっかりだよね?フォージアから出るって言ってなかった?


「よくぞ聞いてくれた友よ」


 読んでいた本をぱたりと閉じ、フフフと笑みを零すレジリアに俺は、いつ友達になったんだろう?と心の中で呟いた。


「源の巫女が死んだせいで聖雷門が開かれないんだ」

「あ、お気の毒に」


 自慢気な顔で言うことではないだろう。よくわからん男だ。


「いや、別にフォージアから脱出する目的は巫女から逃げるためだったから根本的解決というか…」


 確かに巫女から逃れるために出るんだったな。


「そりゃ、良かったね」

「おう」

「…」

「…」

「で、どうしてお前はまだここに居るの?」

「え、話聞いてた?」

「いや、何故に俺の前にいるのかを聞いているんだが」


 フォージアから出られない。それはわかったのだ。どうして俺の横にいるのかを聞いている。


「行く宛てがない…」


 しょぼん視線を落とすレジリア。

 そういえばこいつ、3年間も封印されていたんだっけか。あれ、2年間だっけ?どうだっいいが、長いこと壺の中にいたことに変わりはない。だからこそ彼には帰るべき場所というものがないのか…。

 彼曰く、自身を大切に思う人に心当たりがないらしい。妖怪なんて普通群れて生活するものではないし、フォージアのほとんどは人間の住処のため、妖怪にとってはフォージアは生きづらいものなのだろう。本当に可哀そうな奴である。


「そうなんだ。ここにもないぞ」


 彼に無慈悲にもそんな言葉を告げ、読んでいた本を取り上げた。

 妖怪であり、長い間封印されていた彼に同情しないわけではない。だがそれとこれとは話が別である。


 いや待てよ。そういえばあのアグレスとかいう魔法使い、雷の檻を突破してきていたな…。あいつを利用すればフォージア外に出ることも可能なのでは…。

 先ほど、俺がアグレスを引き留めたのには理由がある。最近、萃那が嗅ぎまわっている萃那の父の仇の候補が魔法使いだからだ。どうやってここまで連れてきたのかは知らないが、あいつなら何か考えあっての行動だろう。

 俺は窓から夜空を確認した。現に今も、警察が何やら怪しい動きをしている。恐らく萃那が指示したのだろう。


 俺は溜息を吐きながら本を放り投げた。せっかくの休暇だったが、また面倒事に巻き込まれたらしい。俺はレジリアに視線を向けた。


「悪いが俺はお前に構っている暇ないの」

「待て。俺の自己PRを聞いてから判断してくれ」

「いいだろう」


 聞くだけだ。


「お前の目的は記憶を取り戻すことだ。それで…」

「あれ記憶を取り戻す関連の話したっけ?」


 記憶喪失の話はしたが、目的までは伝えていなかった気がする。

 混乱する俺にレジリアは真顔で…。


「能力で透明化した状態で聞いてた」

「は?」


 一瞬理解が及ばなかった。


「え、言ったよね。ずっと見ていたって」


 確かにそんなことを言ってた気がする。つまりこいつはここ一か月、俺の生活を監視していたということか?


「俺の能力は認識阻害自身と触れている者を、周りの者から完全に認識できなくすることができるんだ」

「よし、お前の居場所はここだ」

「まあな☆」


 認識阻害。それ系の能力者は今後必ず役に立つ。


「今度一緒に温泉いこう」

「悪いがそういうのは一人で楽しみたいんだ」

「俺別に女湯を覗きに行くなんて言ってないぞ」

「俺も温泉を一人で楽しみたいって言っただけだが?」

「…クッソ」

「ふん」


 俺は露骨に機嫌を悪くしながら足を組んだ。


「チっ、やっぱりお前の居場所はここにはない」

「はぁ⁉」


 突然の手のひら返しにレジリアは、なんでだよぉ!と、俺の胸倉を掴んで揺する。そんな彼に俺は淡々と語りだす。


「覗きに使えない透明化能力はカレーのかかってないカレーライス以下だ」

「は?」

「ごめん、間違えた。未満だな☆」

「それただのライスでは?」

「福神漬け&ラッキョウ漬け。季節のライスを添えて…」

「逆じゃない?あと季節のライスって何?」


 ▲  △  ▲


 翌日、俺ことヴァネット・サムは朝から狭霧のいる病室へと足を運んでいた。昨日渡すはずだった回復薬を彼に届けるためだ。

 霊歌の訃報が届いてから数時間が経過したが、やはり町ではその話題で持ちきりだった。

 至る所に霊歌を追悼する貼り紙が張られている。今朝から源神社では疑似的な葬式が行われているらしい。

 隣にはロミヤもいるが、彼女は何故か未だ能力を発動させ続けていた。湖影の薬で能力の制御は可能になったはずだが…。


「何で能力発動させてるの?」


 俺は周りの人に不審がられないよう小声で尋ねる。


「いや…周りに見られてると思うと恥ずかしいから…」

「ならせめて恥ずかしがれよ」


 ロミヤはいつも通り無表情だ。その顔でそんな事を言われても説得力がない。

 まあ、長年人に認知されない生活を送ってきたからこその思考だろう。周りに見られているのが普通だった俺には理解できない。


「それさっさと慣れないと苦労するぞ」

「別にいいもん。君がいるから」

「…」


 今のは俺が通訳してくれればいいという意味だよな…。

 俺たちが歩いていると不意にいい匂いが鼻を擽った。食欲をそそられる匂いが前方の商店街より流れてくる。

 俺たちは同時にお腹を鳴らした。


「「!」」


 そういえばまだ朝食をとっていなかったな。俺たち妖怪も人間同様に食事が必要だ。その中でも稀に人間を食べる奴もいるが俺たちは違う。そもそも源の巫女のせいでそういう妖怪はほぼ絶滅したといっても過言ではない。


「なんか食べていくか」

「うん」

「お前金は…持ってるわけないか」


 周りから認識されないロミヤがお金を持っているわけがない。


「盗んでこれば食費浮くよ」


 真顔でモラルの欠片も無いこと言うロミヤに俺は親指を立てた。


「ナイスアイデア‼不採用」

「ナイスアイデアなのに?」

「能力者はその力を使って犯罪をしないのはルナソルの地での暗黙の了解だ。それがなければ無能力者が、この世界で生きていくのが困難になる」


 3年前まで、ルナソルが一つの種族に支配されてこなかったのには、他の種族を拒絶、隔離、排斥しないという最低限のルールがあったからだ。所謂、自然法というものである。それを破ったからって何か罰則があるわけではないが、確実に周りとの関係は崩れ、ルナソルで生きずらくなる。ここルナソルはそういう世界だ。


「私はそれをしなきゃ、生きていくこと自体が不可能だったけどね」

「…」


 俺はロミヤに返す言葉が見つからなかった。結局、俺はロミヤという少女を何も理解していない。いや、彼女の立場を考えていないと言った方が正しいか。

 俺は心の中で少し自分を責めた。俺は間違ったことは言っていない。結局犯罪はいけない行為だし、モラルの無い発言をしたのはロミヤのほうだ。それでも彼女の生き方を否定した気がして、正義面をしてものを語った自分がなんとも情けなかった。

 きっと俺もロミヤと同様の状況になったら同じことをするだろう。大体、種族を偽ってフォージアに潜入していた俺が言えたことではなかった。


 俺はこっそり横を歩くロミヤの表情を窺った。真顔だった。知ってた。

 匂いに釣られて顔を右往左往させるロミヤに、俺は思わず笑みを零す。店の料理を見て、まるで幼い子供のように目を輝かせる彼女は、先ほどまでの思考を払拭させてくれる。

 考えてみれば今までロミヤは料理という料理を食べてこなかったのだろう。それらはパンや果物に比べて盗み食いが難しい。だからこそ、ロミヤはこんな顔…じゃない、目ができるのだ。


「何が食べたいんだ?」

「奢ってくれる?」

「当たり前だ」

「本当⁉」

「あぁ」


 一層目を輝かせたロミヤに、俺は「ただし…」と付け加えてた。


「注文は自分でやれ」

「⁉」


 多分ロミヤは衝撃を受けた。

 しかし、これも彼女のためだ。これから先、能力を解除したほうが生きやすいタイミングが必ず来る。それこそ、俺がいなければ買い物もできないしな。無理やりにでもなれさせるべきだ。

 視線を泳がせ、もじもじとしていたが、やがて腹を括ったのか「うぅ…わかった」と、渋々承諾してくれた。やはり食欲には逆らえないらしい。


 一通り店を見て回った俺たちは、ロミヤの希望で“喫茶ロスター”で朝食をとることにした。

 ここは俺もたまに昼食をとりに訪れることがあるほど気に入っている店だ。ロミヤも中々見る目があるな。

 扉を開けると、入店を知らせるベルが鳴り店員が早歩きで寄ってきた。


「いらっしゃいませ~」

「どうも、久しぶりです。燈さん」

「え?…その声ヴァネット君⁉」

「はい」


 俺はここに幾度となく通っているので、当然ここの店員、米雅 燈さんとは顔見知りだ。 彼女の透明感のある栗色のロングヘアと、艶のある白い肌はこの商店街でも有名で、萃那に負けず劣らずの美貌に熱烈のファンも存在する。

 顔見知りと言ったが、正確には顔を見せたのは今日が初めてだ。

 最初こそは服装故、地味に避けられていたが、何度も通っているうちにレグウス勇者候補という噂が入ったらしく、街中で会ったら挨拶をするほどには打ち解けていた。


「素顔初めて見た…」

「はは、ですよね」

「顔隠してるからてっきり不細工なんだと思ってた…」

「失礼ですね」


 いや、少しは褒められているのか?近所で有名なほどの美貌を持った彼女に言われても、特に嬉しいとかは感じられない。


「ごめんね。えっと今日は一人でいいかな」


 後ろに萃那や狭霧の姿がないのを確認した燈さん。

 俺が人数を訂正しようとすると「二人です…」と、俺の後ろからロミヤが姿を現した。


「あ、ごめんなさい。気付かなくって…」


 でしょうね。と、俺は心の中で呟いた。店に入るまでに能力解いとけって言ったのに…。


「ごゆっくりどうぞ」


 燈さんに案内され、席に着くや否や素早くメニュー表を眺めるロミヤ。向かいに座った俺に見向きもしないで、おいしそうな料理の写真とにらめっこする。にらめっこ?ロミヤの独壇場じゃないか。


「これがいい」


 しばらく悩んだ末ロミヤはメニュー表を差し出しながら、トーストやサラダで構成されたモーニングセットを指差した。

 ふむ。もっと豪勢なものを頼むかと思ったが、想定より値段を抑えたものを選んできたな。


「じゃ、ベル鳴らしてくれ」

「ヴァネットは食べないの?」

「俺はもう決めた」

「早いね」

「いや、一緒に見てたぞ」

「…あぁ、私の事見てるのかと思ってた」

「だからメニューに顔隠してたのか」


 ロミヤは不服そうな顔を…目をしてベル押した。

 俺は能力を使って裏からメニュー表を見ていたにすぎないのだが、ロミヤから見るとじろじろ見られていると思ったらしい。狭霧はなにも気にしなかったんだがな…。ま、あいつは何も考えてないか。


「はい。ご注文ですか?」


 燈さんがやってきて、俺はロミヤに視線を飛ばした。

 ロミヤはメニュー表で顔を隠しながら…。


「私これ…です」


 視線を彷徨わせながら注文するロミヤに、まるで小動物でも見ているかのような気持ちになった。にやけそうになる頬を必死に抑える。


「あ、じゃ俺もそれで」

「え?」

「かしこまりました。モーニングセットBが二つですね。少々お待ちください」


 そう言ってその場を去っていく燈さん。

 彼女が去ったのを確認したロミヤはメニュー表を片付ける。


「決めてたんじゃないの?」

「あぁ、お前と同じやつにしようと思ってた」

「…ふ~ん」


 ロミヤは顔を横に背けた。

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