第三十八話 冷ややかに熱い夜

 俺ことヴァネット・サムは結界からかなり離れた位置で、横抱きしていた、肩で息をするロミヤを降ろした。身体を屈めるとズキズキと傷が痛む。


「…っ…なんて威力だ。流石に死んだかと思ったぜ」


 とっさに防御魔法を展開したが、それでもこれほどのダメージを食らうとは思わなかった。あのままやられていた可能性もあると考えるとぞっとする。

 地に足を着けたロミヤはそのまま寝転がった。大の字に手足を広げてボーっとくらい空を眺める。

 ようやく一息つける、と嘆息した俺は崩れるようにその場に腰を下ろす。


「あれは対妖怪に特化させた攻撃だからね。妖力の強い妖怪ほどダメージを受ける」

「らしいな。これがなかったら危なかった」


 俺はポケットからからの小瓶を取り出した。それは元々俺が使っていた妖力の生成を機能を停止させる薬が入っていたものだ。

 先ほどの戦闘時に空になってしまった。また湖影に貰いに行かなくちゃな。

 小瓶を確認したロミヤは、真顔のままゆっくりと呼吸を落ち着かせてつづる。


「やっぱりその薬の効力か。考えたね」

「成功するか賭けだったけどな」


 あの結界はどちらも対妖怪用だった。つまり妖力を持っていないラジアンや霊歌が結界を容易に突破したように、この薬を使えば結界を脱出できると踏んだわけだ。

 結果的には成功したのだが、それ以前に奴らの霊力を削っておかなければ、逃走がばれた時今度はカルヤたちを結界で閉じ込め、俺たちの事を追跡される恐れがあった。だからこそ俺は奴らの霊力を削ることに尽力したというわけだ。

 まあ、霊歌の攻撃による砂埃と逆光、そして勝利の確信からくる満身のお陰で容易に逃げ切れたわけだが…。


「たっく…もう御免だぜ。こんな戦い」


 俺は片膝に肘を立ててその手で眉間を抑えた。

 幾度となく死線を潜ってきたものの、敵の体力が切れるまで耐久戦をするのには慣れていない。

 嘆息する俺にロミヤは視線を落としながら…。


「…ごめんね。私が君を巻き込んだ」

「お前のせいじゃねぇよ」


 そうだ。これは俺自身の問題でもあった。あの人に救ってもらった俺の命の価値が、あの瞬間天秤に掛けられた気がしてならなかったのだ。これであの日から十数年ぶりに、俺は胸を張って生きていける。


「でも君一人ならなんなくその薬で逃げられた。なのに…」


 食い下がるロミヤに俺は少し自棄になりながら…。


「だから!俺がお前を助けたいって思ったから残ったんだ。お前のせいで残ったんじゃない。お前のために残ったんだ」

「っ…」


 ロミヤは俺から目を逸らすように顔を背けた。俺は上からそのロミヤの顔を無理やりこちらに向ける。


「なぁ…もういいだろ?妖魔夜陰にはもう戻れないだろうし、お前が妖怪を救いたいのなら必ずラジアンと接敵することになる。だから…俺とフォージアに帰ろうぜ」

「フォージアには巫女がいるだろ」

「いや、霊歌は死んだ」

「え?」

「殺されたんだ。ラジアンに…」


 妖力を失った状態でも鬼の体質は生きている。だからこそ、離れた場所で起きた出来事を聞くことができる。

 先ほど、霊歌は死んだらしい。実際に手を下したのはカルヤとリアウィールだが、あれはラジアンに殺されたというべきだろう。


「ラジアンに…?」

「あぁ、奴の目的に霊歌が邪魔だからだ」


 ロミヤも同じだ。ラジアンの邪魔をするなら殺される。特にロミヤの妖怪を守る動きはラジアンの反感を買いやすいし、同時に俺も生きていることがバレかねない。


「でも、私はラジアンから妖怪を守るのをやめるつもりはない。だから君にもきっと迷惑をかける…」

「だから俺と一緒にいろって言ってんだよ。ラジアンに生きていることがバレたらどっちにしろ俺も狙われる」

「…」


 何も言わないロミヤに俺は顔を近づけて不敵な笑みを浮かべる。


「だから、俺と来いロミヤ。安心しろ。俺がお前のこと命を懸けて守ってやる」

「…うん」


 ロミヤはそれだけ言って首肯し、多分、ほんの少しだけ微微微笑した(?)


「お前今笑った?」

「…かもしれない。ところでさあ…」


 ロミヤは視線を逸らしながらその問いを口にする。


「薬、口移しにする必要あった?」


 薬とは、妖力の生成機能を停止させる薬の事だ。

 霊歌から最後の攻撃を喰らうとき、直前に俺の口に含んでおいた薬をロミヤに口移ししたのだ。否、待て。言いたいことはわかる。だが、しっかり理由があるのだ。


「あるだろ、俺たちの妖気がある程度同時に消えなくては不自然だ。それにお前にこそこそ説明して薬を渡す暇なんてなかったんだよ」


 俺の攻撃で視界を奪った一瞬の内に薬を口に含んだわけだが、ロミヤに回す時間がなかったのだ。


「ふ~ん。ま、いいけど」


 ロミヤは納得してくれたのか、紅く染めた頬を背けながら…。紅く染めた?ロミヤが?俺は眉間に皺を寄せながら…。


「ロミヤ、お前熱あるんじゃねぇの?」

「…風邪かも」

「温かくしてろよ」


 日の当たらないこの森は少し気温が低い。だからこそ、俺は自分の着ていた上着をロミヤにはおわせる。


「じゃ…」


 ロミヤは徐に体勢を上げると、顔を背けたまま俺の背にもたれ掛かる。なんで?寝てろよ。

 不意に視線が合うと、こちらの心情を読み取ったかのように…。


「…君が温かくしろっていうから」


 と、真顔でそんなことを言ってくる。ま、お互いに温かいことは否定しないが…。


「風邪が移るだろ」

「…移っちゃえばいいのに」


 ▲  △  ▲


 私こと兎梁 萃那はアグレスの箒でフォージア周辺まで送ってもらっていた。

 聖雷門付近は避け、なるべく魔法使いとしての姿を見せないように着陸するつもりだ。

 しかし、アグレスをここで返すわけにはいかない。


 私の推理が正しければこの人の正体は狭霧の元勇者パーティーの人間だ。名前は偽名を名乗ればいいし、なにより勇者パーティーは3年前より行方不明。フォージア外にいたとすれば簡単に説明がつく。となれば…。


「はい…えぇ⁉狭霧さんが何者かに襲われてる⁉」

「え?えぇ⁉」

「命の危機⁉」


 もちろんはったりだ。通信魔法など掛かってきていないし狭霧が襲われているわけでもない。元勇者が危険となればかつての仲間なら対処しようとすると思ったのだが…。


「え?やば…⁉何で?他のメンバーは…気づいてないの⁉」


 予想以上にテンパるアグレス。

 なんか申し訳なくなってきた…。


「ちょ、萃那捕まって‼飛ばすわよ‼」


 その瞬間、私にとんでもないGが掛かるのであった。

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