第三十七話 祓い屋と妖怪3

「貴方が彼に対する思いと一緒だよ」


 私こと兎梁 萃那はアグレスにそう言われて無意識に狭霧の事を連想した。頭の中でそれを振り払いながら早口で弁明する。


「いや、別に私は狭霧さんにも普通に接してますよ!」

「私がいつ狭霧なんて言ったの?」

「⁉」


 は、嵌められた…。

 というよりこの人結局何が目的なんだろう。ヴァネットもさっきから通信に応答しないし…。

 その時、私の頭に一つの疑念が浮かんだ。


「貴方本当に馬鹿ね」


 クヒヒ…と笑ったアグレスはしばらくして、こちらに背を向けたまま沈黙した。


 え?アグレスは狭霧のことを知っているの?

 いや、おかしい。話を聞く限りアグレスは4年前の魔法使い狩りでフォージアから出てからそこには近づいていない。狭霧(元勇者:ヒバ・ロベリア)が記憶喪失を引き起こし、フォージアに来たのは3年前、それ故に屈魅 狭霧という今の名前が付いたのも3年前。

 どのタイミングでアグレスは狭霧と接触または認知したんだ?

 この魔法使い…まさか…。


 ▲  △  ▲


 戦闘の最中、不意に後方から光弾が俺ことヴァネット・サムの横をすり抜けていった。

 俺たちは互いにすべての攻撃を相殺し、それぞれの戦闘に集中することで挟まれた現状を耐えていた。だからこそ、今まで霊歌の攻撃がここまで到達することはなかった。すべてロミヤによって防がれていたからだ。それなのに…。


「ロミっ…⁉」


 振り返り後方を確認した途端、背中に衝撃が加わった。

 力なく倒れたロミヤの背中がぶつかったのだ。とっさに前後からの攻撃を避け、ロミヤを抱えてローリングする。

 パッと見、致命傷は負っていないが意識がない。疲労困憊による失神か。

 当然だ。俺との戦闘で披露しているのにも関わらず結界の中でこれだけ激しい戦闘を行っているのだ。そのうえ、純妖怪であるロミヤは俺よりも結界の効力が大きいはず。

 逆によくここまで耐えたものだ。

 俺でさえ途中からロミヤに意識を回すことのできない程披露していたというのに…。


「ここまでですかね」


 肩で息をする俺たちに対して、少し息を切らした程度のラジアンは勝利を確信したように笑った。

 霊歌のほうも多少、息は切らしているがその程度だ。

 俺はなんとか体勢を起こす。


「あ、ごめん。寝てた…」


 横で目を覚ましたロミヤは息を切らしてはいるが苦しそうな表情はせず立ち上がろうとする。しかし身体を持ち上げようとついた腕に力が入らないのか、再度身体を倒した。


「あぁ、駄目だな。腕に力が入ってない」

「じっとしてろ」

「うん。取り敢えずヤケクソ弾」


 倒れたまま光弾を発射するロミヤに俺は呆けながら、心中で溜息を吐いた。


「話聞いてた?」

「うん、じっとはしてる」


 幾つかに分裂した追尾弾を霊歌とラジアンは素早く避けた。


「!」

「小癪ですね」

「そうだね。そろそろ退治させてもらう。祓い屋狩りと混血。こんどは良い奴に生まれ変われよ」


 そう言って霊歌はこちらに向けた掌に巨大な光弾を生成する。明らかに今までのとは日にならない大きさ。普通の妖怪が喰らえば一撃で消滅するような、そんな攻撃。

 今の俺ではロミヤを抱えたまま避けるのは不可能に近い。


「どうやら、ここまでらしいな」


 俺はロミヤの頭を撫でながら…。


「ん…?」

「ロミヤ。よくやった」


 と、淡く笑みを浮かべる。


「…ありがと」


 ロミヤは頭に置いた手に自分の手を重ねる。視線は合わせなかった。真顔でどこか虚空を見つめているロミヤ。

 俺は静かにラジアンたちのほうに向き直り、残り僅かな体力で精一杯の光弾を放つ。視界に思わず目を閉じてしまうほどの閃光が迸った。

 ラジアンたちは目を薄く開きなんとか光弾を避け、それと同時に霊歌は手中で輝かせていた光弾を放った。


「ルナソル瓦解【待宵霊消灯】」


 青白く輝く閃光がこちらに向かって刺突してくる。

 俺は攻撃が当たる直前にロミヤの身体を優しく起こす。


「ロミヤ」

「?…んっ⁉」


 俺たちの身体が光に包まれる直前、俺はロミヤにキスをして…。

 俺たちの意識はその閃光に呑まれていった。


 ▲  △  ▲


 やがて待宵霊消灯の残光も消え去り、視界を遮っていた砂埃が晴れてきた。

 ヴァネットとロミヤがいた場所は地面が大きく抉られており、彼らの姿は跡形もなく消え去っていた。

 結界内に彼らが隠れられそうな場所もない。


「終わりましたね。二人の妖力の反応が消えました」


 妖気探知を終えた私こと源 霊歌とラジアンはふう、と安堵のため息を吐いた。


「流石は妖力の強さに比例して攻撃力が増す待宵霊消灯。私も使ってみたいものです」

「フン。それよりさっさとここをずらかったほうがいい。お前の作った妖怪がこちらの隙を伺っているのだからな」


 結界から少し離れた位置でこちらを睨みつけている吸血鬼に視線を向ける。戦闘中、常に結界が割れるのを期待してか近場で待機していたらしい。お陰でわざわざ結界内での戦闘を強いられてしまった。力の大半を失った彼らであっても結界外での力量差に関してはまだまだ差がある。


 まったく、とんでもないものを作ってくれたものだ…と私は横目でラジアンを睨みつけた。そんなことも露知らずラジアンは身体に付いた土埃を払いながら口を開く。


「私はリアドロレウスに用があるので…」

「あ?あいつはもう用なしだから、今から払うつもりなんだけど」

「それは困ります。私の目的に奴を利用する気なので」


 こいつの目的が何かは知れないが、リアドロレウスの討伐を名目にフォージアを出てきたのだから、奴は討伐しておきたい。そうでなければ祓い屋としての信用を失い、フォージアを自由に出入りできなくなるかもしれない。そうなれば私たちの計画も…。


「私は腐ってもフォージアの祓い屋だ。人々の信用を買うためにも討伐させてもらう。妖力の供給を失った今なら私だけでも倒せるからな」

「…そうですか。なら貴方もここまでです」


 不気味な笑みを浮かべたラジアンが指を鳴らすと同時に、二人を囲んでいたラジアンの結界が音を立てて割れる。二重結界のラジアンの一枚がはがされ、私の結界のみが残った状態になった。

 私はその状況を確認し、ラジアンに冷たい視線を当てながら不敵に笑う。


「なんの話かな?ここで私の結界も破壊して君の傑作、彼ら吸血鬼の餌にする気?」

「今の疲弊した私ではもう貴方の結界を割るのは不可能でしょう。しかし貴方も私ももう新たに結界を張るほどの霊力は残っていない」


 私は事実を淡々と告げるラジアンの言葉を鼻で笑いながら…。


「というか何のつもり?どうして私を殺したいの?」

「私の目的と貴方の目的が相反しているので、ここで消しておこうという算段です」


 一瞬、心臓が縮み上がった。私の目的は妖怪を殺すことだが、流石に私たちの目的はバレていないだろう。


「で、どうやって私を殺して、ここをどう切り抜けるんだい?ラジアン」


 純粋な力のぶつかり合いなら、私とラジアンはほぼ互角。私を殺せる確証もここを切り抜けられる保証もないだろう。つまりこいつには手札がない。

 私が澄ました笑みを浮かべていると、ラジアンは私に背を向けながら…。


「貴方はなにか勘違いしているようだ」


 と、振り返り様笑みを浮かべた。なんだその嘲笑うような顔は?

 私は腹立ちを心の中で隠しながら疑問符を浮かべる。


「どういう意味だ」

「そのままの意味ですよ。貴方は私と互角にやり合えると思っているのでしょうが、それは間違いです。そしてここから切り抜ける方法もあります」


 私の心を見透かしたかのような返答に思わず息を飲む。しかし、こいつの実力は理解しているつもりだ。それに先ほどの戦闘で霊力はほぼ残っていないはず。なら、魔力に優れているわけでもないこいつはどうやって…。


「かつて貴方たちと戦ってたとき、私は退くことの重要性を学んだ。当時仲間がいなかったころの私が編み出した唯一無二の魔法…」

「…」

「転移魔法ですよ。所謂、瞬間移動、テレポーテーションともいうやつです」


 転移魔法?聞いたことのない魔法だ。アグレスやSDの魔法使いだって使ったところを見たことがない。しかし、それが可能だとすると…。

 ラジアンは残念そうに苦笑いを浮かべた。


「私はあの魔法使いのように魔力量に長けているわけではありませんが、研究開発に関してはお手のものなんでね」

 そういって私に背を向けるラジアン。転移魔法とやらを使う気らしい。


「つまりお前はここに私を置き去りにして、結界が崩れるまで待つということか」


 しかしそれなら大したことはない。ここでチャールズの馬車でも待つことにしよう。連絡すれば数分で到着してくれるだろう。いくらこいつの最高傑作といってもあの馬車の速度に敵うわけない。なんだよ。ビビらせやがって…。

 私は冷や汗を拭いながら、心の中で笑みを浮かべながら中指を立てた。憶えていろ、次会った時に殺してやる。


「ま、今回のリアドロレウスは流石に諦めます」

「え?」

「やはりここは危険すぎる。日の元でないと安心していられませんし」


 それならありがたい。私のリアドロレウスの討伐難度が下がったようなものだ。死んだふりもしなくていいし…。

 やがて転移魔法の魔法陣を展開させたラジアンは、ふと思い出したように振り返った。


「あぁ、そうそう。一つ言い忘れてました」

「?」

「さっき破壊した結界は貴方のものです。霊歌さん」

「え?」


 一瞬、思考が追い付かなかった。

 だってこいつは指を鳴らしたあの一瞬で結界を解いたのだ。普通、他人の結界を破壊するのにはまあまあ体力と時間を要する。

 はったりか?私とラジアンの結界は見た目では判断できないし、自分の結界が解かれたかどうかは判別できない。確かめる方法はただ一つ結界を解除することだ。

 なるほど。それが狙いか。


「そして…」


 しかし呆れる私に現実を突きつけるようにラジアンは指を鳴らし、自ら結界を解いた。


「今解除したのが私の結界です」


 何故だ⁉あいつ私の結界はもう破壊できないって…。


「あ…」


 そこで私はラジアンの言葉を思い出して…。『今の私では“もう”貴方の結界を割るのは不可能でしょう』…事後報告かよ。


「では…」


 その瞬間、ラジアンはニヤリと笑みを浮かべて私の前から姿を消した。これが転移魔法。確かに周りにラジアンの気配はない。


「⁉」


 その瞬間、私にとんでもないほどの殺気が降り注がれて…。


「まっt…グギャ‼」


 次の瞬間、その吸血鬼に私の身体は胴で一刀両断されるのだった。

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