第三十四話 永遠に君を想うためならば

「リア‼」


 俺ことカルヤ・ルナサの叫びがこの空間に木霊した。それに応えるように、こちらを覗き込んだリアは俺を見るなり首を傾げて目を丸くする。


「カルヤ?」


 リアがそう呟いた刹那、彼女の姿はフッと消え失せ、次の瞬間テレポートで俺の目の前に現した。

 リアはどこか信じられないといった目をしながら、俺の身体をポンポンと触って確かめる。

 リアが俺と同じ状況に置かれていたとするなら、彼女もきっと3年間一人で閉じ込められていたのだろう。3年ぶりの再会の嬉しさと、リアをそんな状況に置いた自分の不甲斐無さが心の中で激突する。

 拳を震わせていた俺の身体を、彼女の小さな手が優しく撫でた。

 その瞬間、何かが吹っ切れ、懐かしさのあまり涙腺が緩んだ。


「…!」


 俺は未だ呆けた顔をしたリアの頭に手を置いて、彼女の髪を静かに弄ぶ。リアはくすぐったそうにしながら、ゆっくりとこちらを見上げ、わずかに潤んだ瞳で…。


「カルヤなの…?」


 そんな単純な問いに俺は笑みを浮かべた。


「あぁ、お前の大好きな男、カルヤ・ルナサだぜ」

「!」


 その瞬間、リアは俺に手を伸ばして…物凄い力で胸倉を掴まれた。


「へ⁉」


 疲弊している俺がとっさに反応できるわけもなく、俺は顔を勢いよく引き寄せられる。


「で?私のだ~い好きなカルヤは今までどこで何をしていたのかなぁ?」


 苦笑いを浮かべた彼女に間近で睨まれた俺は数秒後、露骨に口角を下げた。


「ハッハッハ…ハハ…」

「誤魔化すな~!私はすっご~く寂しかったんだよ?」

「す、すまん…」


 俯く彼女に俺は謝ることしか出来なかった。


「うんうん、酷いよね~。意地悪だよね~。焦らすのが好きすぎるよね~」

「いや、源の巫女に嵌められて…」

「は?」


 その瞬間リアはその瞳から強力な殺気を放ち、辺りに険悪な雰囲気を漂わせた。その刹那俺の身体は宙を舞い、地面に叩きつけられた。一瞬硬直した俺の身体を、リアがいとも簡単に押し倒したのだ。


「今、他の女は関係ないよね?」


 リアは仰向けになった俺の身体の上で馬乗りになり、素早く両手首を掴んで俺の動きを封じた。真顔のままの俺に対して、リアは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「私に集中しなよ♡」


 そう言ってリアは小悪魔染みた顔を近づけてきて…。


「…っ!」


 俺が何か言う前に静かに唇を啄んだ。

 突然の出来事に息が止める。

 どうやら3年たってもこの性格は変わっていなかったらしい。俺は心の中でため息を零した。この少女、リアウィール・シャーロットは重度のヤンデレである。

 ヤンデレやツンデレと聞いて、人前では出さないが二人きりになるとデレるというものを想像するかもしれないがこいつは違う。俺の前でだけこいつの本性が出る。逆に言えば信用されている証というものなのだろう。

 だが、今はそれどころではないのだ。源の巫女に幾つも問いたださないといけないことがある。特に、リアと俺を騙して監禁したことについて。返答次第では戦闘も視野に入れるレベルのものだ。だからこそ、今すぐ奴と対面したいのだが…。

 リアとキスをしている間、俺の手首を掴む力がどんどん強くなっていく。

 やがてゆっくりと唇を離したリアは舌で自身の唇を撫でた。


「久しぶりにさ。今から…しよっか」

「しない。俺は今疲れてるんだ。それに…」

「そ~なんだ~!」


 俺が全てを言い終える前に言葉をかぶせてくるリア。彼女はその手を離して、数歩下がりやがて振り返った。ニヤリと笑みを浮かべたリアは、なら…と言葉を続け静かに飛び上がった。


「ちょうどいいじゃん!私と一緒に遊ぼっか?愛でていいよ♡癒されていいよ♡私はそれ以上にカルヤのこと愛してあげる。カルヤが悪いんだよ。3年間私の事を放置したんだもの…その分私を愛してよね‼」


 勝手に盛り上がるリアに俺は制止の手を伸ばす。


「リア!これには理由が!」


 この状況、源の巫女の仕業としか考えられない。だからこそ俺はそのことをリアに説明しようとしたが…。


「ダ~メ♡」


 と、リアに人差し指で口を押えられた。


「いい訳なんて必要ないない!それにいいじゃない!またこうして私たちが一緒にいられるなら‼」


 そう言って満面の笑みを浮かべたリアは両手を大きく広げた。その動作だけでリアがこれからすることに予想がつく、予想がついてしまう。


「虹月陣顕現‼」


 リアがその言葉を発すると彼女の背に大きな魔法陣が展開された。彼女は胸の前で両手を丸め、瞳を閉じる。

 幸せそうに笑みを浮かべるリアを前に、俺は呆然と立ち尽くしていた。


「ずっと我慢していたんだもの。私を愛し愛し愛し喘ぎ苦しんだ貴方が今際の時に私のことを思うためなら、私は愛し愛し愛し恋焦がれた殺意をもってして何度でも貴方を何襲ってあげる」


 リアは俺に人差し指を向けて光弾を輝かせた。それを射出させるわけでもなく、ただただ指を煌かせる。


「そんな私を憎み憎み憎み意趣遺恨を抱くなら、貴方の怨恨を晴らすため、そして何より今際に大好きな貴方を思うために何度だって…」


 そうして、その人差し指を自分の蟀谷に押し当て…。


「死んでもいいわ♡」


 艶っぽい笑みを浮かべたリアに俺のリミッターはその役割を放棄させられた。

 しないとは言ったが、もういいだろう。我慢しなくても。俺も好きにさせてもらう。

 だって仕方がないだろう。俺もお前も、お互いがいればあとはどうだっていいのだから…。


「ああ、そうかい。確かに…」


 俺はぶっきらぼうにそう言っておもむろに戦闘態勢に入る。リアの背中に輝く虹月陣を見て、呆れたように口角を上げた。


「綺麗な魔法陣だぜ‼掛かって来いよ!」


 次の瞬間、俺たちは同時に地を蹴った。

 ずたずたに引き裂いて殺してやるよ。リアウィール・シャーロット!


 ▲  △  ▲


 私こと兎梁 萃那はアグレスの箒に乗って空を飛んでいた。

 人類の最高傑作がいた地下からもの凄い速度で脱出したのち、ヴァンパイアフォレスト外へと共生送還されているのだ。飛行高度がかなりあるため、飛び降りることも出来ない。

 私は後ろからアグレスの赤毛を掴んで引っ張る。


「ちょっ!イタタタ…‼」

「戻ってください!アグレスさん。私はあいつをぶっ飛ばさないと…」

「ぶっ飛ばされかけてた貴方が何言ってんのよ。私が助太刀に入らなきゃ、貴方今頃黒焦げよ」


 正論をぶつけられて私は唇を尖らせた。


「嫌だ~!戻ってください~‼」

「ヒギャァ‼痛い!」


 ジタバタと手足を振り回し、箒を暴れさせる。私が暴れるたび髪が引っ張られ、アグレスは叫び声をあげた。


「まったく。あいつらは倒そうと思っちゃダメなの!」

「あいつら?あの男の吸血鬼の事ですか?」


 確か少女の他に男の吸血鬼が寝ていた気がする。少し違和感を憶えたけど…。


「そう、あいつらは互いの幸せのためだったらどんな犠牲もいとわない」

「素敵な関係ですね」

「…に見せかけた変態同士よ。しょっちゅう戦闘してるし」

「え?ツンデレ同士?」


 私の問いにアグレスは苦笑いを浮かべながら答える。


「そんな甘いもんじゃないわ。彼らはヤンデレ、サディストかつ戦闘狂よ」

「え、そんな風には見えませんでしたけど…」

「そりゃ、そうよ。本性って本当に親しい人にしか見せないものでしょ?」


 アグレスはそう言って優しく笑った。

 あれ、そういえばヴァネットもあの地下に…。ま、いっか。


 ▲  △  ▲


「ルナソル破戒【緋槍斬】」


 俺ことカルヤ・ルナサの攻撃を容易く避けたリアは心の底から楽しそうに笑った。


「アハハハ!遅い遅い!もっと本気を見せてよ!ルナソル破戒 【山吹恋月翔】」


 リアは巨大な光弾を片手から連発した。その攻撃を避けようとした瞬間、リアの瞳が赤く光り、俺の身体は蛇に睨まれた蛙の如く硬直する。

 光弾が俺に到達する前になんとか硬直から逃れた俺はそれを超高速で回避する。リアの後方にその姿を現したその刹那、振り返ったリアが不敵に笑った。


「⁉」


 次の瞬間、その身体の鳩尾にリアの拳が貫通した。


「その程度で私に勝てると思ったの?可愛いなぁカルヤは♡」


 勢いよく拳を抜かれ、そこから大量の血があふれ出す。力が抜け、自由落下する身体をリアは念力で引き寄せて胸倉を掴んだ。


「そうだよ~カルヤ。息絶える最後の瞬間まで私のことを見て、私を思って、愛してくれれば私は幸せだよ♡」

「そうか…」


 俺はニヤリと笑みを浮かべて…。


「なら俺も幸せだぜ」


 その瞬間、俺は背後からリアの首元を掴んだ。


「⁉」


 リアが何かする前に掴んだ手から大量の電撃を飛ばす。普通の人間なら即死するようなそんな攻撃。だがリアにとっては身体が数秒麻痺する程度でしかない。


「んっ⁉」


 痙攣するリアの四肢を術で拘束し、身体の自由を奪う。リアが掴んでいた俺の分身は既に消え去っていた。向かい合うように首を掴み直した俺は、空いている手で涙ぐんでいるリアの顎を“優しく”持ち上げ、唇を重ねた。


「んっ…///」


 圧倒的優位だからこそできるその“優しさ”が俺をさらに高揚させる。

 数秒後、唇を離した俺はリアの首を掴んでいる力を少し強めた。


「ハァ…‼やらし~な~♡私を拘束して何するつもりぃ?エッチなこと?グロ~いこと?それとも両方♡?いいよぉ。私カルヤならな~んでも許してあげる♡」


 にやにやと俺の事を見つめながらそんなことをいうリアに達観した笑みを向ける。


「さっさと抜けだせ。下慣らしはまだまだこれからだろ?」

「…そだね」


 リアはものの一瞬で拘束を破り、俺と距離を取った。

 そうだ。この程度の術でリアが拘束できるわけがない。なんたって彼女は…一人で人類史を終わらせることのできるほどの最強の殺戮兵器なのだ。


「ん~!」


 手足を伸ばしたリアは虹月陣を再展開する。


「さ~て、次は私に何をしてくれるのかなぁ?呪術?時間停止?催眠?瞬間移動?透明化?それとも投げキス?」

「…チュッ♡」

「キャッ///」


 リアは紅潮した顔を楽しそうに手で覆い隠した。

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