第三十三話 死ぬわけにはいかない

 私こと兎梁 萃那は地に膝を付けたリアウィールに刀を向けていた。もはや反撃する体力もないだろう。再生の速度も落ちてきた。そろそろ止めを刺す頃合いだ。心臓と脳を同時に切り刻む!


「覚悟は出来ましたか?」

「!」


 何も返してこない…か。せめて一瞬で殺してあげよう。

 私は能力を発動させる。


「ルナソル破戒【天羽々斬り】」


 刃がリアウィールに届く瞬間、彼女は顔を下げたまま…。


「言ってるよね。私は絶対に死ぬわけにはいかないって‼」

「⁉」


 刀がはじき返された⁉

 私がその状況を理解する間もなく、リアウィールは飛び上がり魔法陣を展開させた。先ほどとは比べ物にならない程素早く組みあがった巨大魔法陣。月をそのまま持ってきたかのような美しさだ。

 私がその虹色の月に目を奪われた瞬間、リアウィールはこちらに手を翳した。


「ルナソル破戒【山吹恋月翔】」


 その刹那虹月は黄色に染まり、巨大な光弾を発射してきた。


「くっ!」


 その見かけによらず弾速は速い。なんとか能力でその場を回避したが、その先にはリアウィールが既に次の攻撃を放とうとしていた。月は赤く染まり、リアウィールは無邪気な笑みを浮かべた。


「お姉ちゃんに教えてあげるよ。死の恐怖ってやつ。それを知れたら馬鹿な人たちの覚悟も伝わってくれるのかな。ルナソル破戒【紅星儚撤弄】」

「⁉」


 その瞬間、リアウィールから放たれた無数の流星が私の視界を支配して…。

 次の瞬間、轟音が炸裂した。

 私の速度をもってしても確実に不可避の弾幕。だからこそ私はその攻撃を受けたはずだが…。不思議と身体は痛くない。一体何が?

 恐る恐る目を開けるとそこには球形に防御魔法を展開させたアグレスが立ちはだかっていた。


「だから止めときなさいって言ったのに」

「アグレスさん⁉」


 見ると、四方八方からくる流星を全て防いでいる。

 魔法使いって凄い!いや、これに関しては最古の魔法使いであるアグレスが凄いのだろう。穴の無い球形防御魔法は初めて見た。


「誰?」


 異常に気付いたリアウィールが小首を傾げた。


「逃げるよ」

「わっ、ちょっと!」


 射撃が止むといきなり手首を掴まれ、魔法の箒に乗せられる。次の瞬間、強い慣性が働いた。私、空飛んでる!

 アグレスは部屋を一周して一気に加速すると、あっけに取られているリアウィール目掛けて掌に魔法陣を展開させた。それは一瞬で眩い光と熱に包まれていき、赤く輝く光弾が出来上がる。


「避けなさい、リアウィール‼【プロミネンス光弾】」

「⁉」


 ▲  △  ▲


 俺ことヴァネット・サムは脅しに動じないカルヤに溜息を吐いた。俺の目的はリアドロレウスの討伐。本体の少女から離れてくれさえすればいいものを、カルヤはそこから一切動こうとしなかった。

 再生にはかなりの体力を消耗するのか、カルヤは肩で息をしている。そろそろ限界だろう。


「!」

「続けるぜ」


 再度光弾を射出しようとした瞬間、カルヤは不敵な笑みを浮かべて…。


「…ああ、そうかい。なら俺が終わらせよう!ルナソル破戒【レナ・リバード】」

「⁉」


 カルヤから耳を劈くような音と共に四方八方に衝撃波が発せられた。当然のごとく俺の身体は吹き飛ばされ、後方の壁に激突した。


「なんだ⁉」


 状況を理解する前にカルヤが俺に向ってレーザーを放ってきて…。避けられない。そう悟った瞬間、そのレーザーは目の前ではじき返された。

 何が起こった?恐らくカルヤも同じことを思ったはずだ。否、心当たりはある。俺は急いで能力を発動させた。


「結界が解けたことにも気づけないなんて…鬼族としての力が裏目ったね。ヴァネット」


 そう言って目の前にいる少女、ロミヤは俺に振り返った。相変わらず真顔だ。


「ロミヤ⁉お前邪魔はしないって…!」


 一瞬、ロミヤが結界を破ったのだと思ったが恐らく違うのだろう。それならば俺を助ける意味がない。


「するつもりはなかったよ。でも状況が変わったの」

「はぁ?」

「きっとこれは源の巫女の罠だよ」


 源の巫女のことか?罠とはいったい何のことだ。さっぱり見当がつかない。


「何を言っている」

「待てカルヤ」


 話に割り込んでくるカルヤを制止させた。ロミヤが見えていない彼からすれば俺は一人で虚空に話しかけている変人に見えているのだろう。


「君が源の巫女からの要請で去った後、青いビーコンを見つけたの。そしたら君の仲間の剣士がいてさ…」

「おい、お前はいったい誰と話している」

「ちょっと待て。カルヤ」


 再び話に割り込むカルヤを制止する。


「私は彼女について行ったの、そしたらここと同じような空間があって…」

「通信魔法なら後にしろ!」


 流石にイラついたのか叫ぶカルヤ。

 通信魔法?あ、なるほど。そう来たか。


「尤も、もうお前に後なんてないがな!」


 そう言ってカルヤは再びレーザーを放とうとして…。


「こいつ煩いな。もういいよ。説明面倒臭いしさぁ‼」


 その瞬間ロミヤがリアドロレウスの本体を切り刻んだ。彼女の姿が見えないカルヤは大パニックである。

 ロミヤはふう、と一段落ついたかのように額を拭う。


「なに⁉お前‼」


 あ、矛先こっちに向くの?

 再び戦闘態勢に入ろうとするカルヤ。だが彼の動きは本体の少女を見て止まった。

 先ほどまでは確かに吸血鬼の見た目をしていた少女は、ただの石となって砕けたのだ。


「これでお分かり?」


 ロミヤが得意げに胸を張った。考えられる戦は一つ。


「幻影術式?」


 物体を別のものに見せる祓い屋の術である。本来はそれに触れた瞬間解けるはずだが、長い間カルヤが気づかなかったということは、ただの術でないだろう。質感や温度、妖力までもを再現したというのか?

 その石を目前にカルヤは膝をついた。


「馬鹿な…俺の目を誤魔化せるほどの幻影を、3年間維持し続けただと?否、そんなことより本物のリアはどこに…?」


 状況の分からない俺にロミヤが近づいてきた。


「ヴァネット、能力使って辺りを見てみて。そう遠くない位置にここと同じような空間があるはず。そこにこいつの言っているリアがいる」

「わかった」


 何故、ロミヤがそんなことを知っているのかは知らないが、ここは彼女の言うとおりにしておこう。俺は能力で地中を透視する。


「見つけた!こっちの方向、50メートル程先にいる」

「そこにリアがいるのか⁉」


 物凄い剣幕で俺に飛びついてくるカルヤ。俺は必至に首を縦に振り、その場を凌いだ。俺から離れたカルヤは両手を前方に翳し、そこに巨大な魔法陣を展開させる。

 俺がかなり体力を削ったはずだがまだそんなに力があるのか。

 魔法陣に赤い光が充填されていく。あれ、思った以上に…。


「待ってろリア!【紅月砲】」

「ロミヤ…!」

「⁉」


 魔法陣から巨大なレーザーが射出されると同時にロミヤを押し倒す。その瞬間、レーザーの威力に耐えられなかった部屋の屋根が次々と落下してきた。俺はロミヤを下にしたまま身体を縮める。

 やがてレーザーの光がなくなり暗闇になった部屋の中、俺たちは立ち上がった。後方を確認すると、さきほど透視した空間が見えている。カルヤは流石に力を使いすぎたのか、かなり疲弊していた。


「貫通した…」

「わお」


 真顔でそんな声を漏らすロミヤ。え、それ本当に驚いてるの?

 貫通した巨大な穴の奥に目を凝らすと、先ほどまで寝ていた少女が不思議そうにこちらを覗いていた。ロミヤの言った通り…あの子が本物のリアドロレウスの本体。


「え…カルヤ…?」


 少女の声が大空間に木霊する。


「ハァ…ハァ…リア‼」


 どういうことだ?霊歌。お前は一体に俺たちに何をさせる気だったんだ?

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