第十九話 厄災の再来

 私こと兎梁 萃那は魔封洞の前で立ち尽くしていた。

 ラジアンが洞窟の中で何かをしたのち、そこからはとんでもない妖気があふれ出てきていたのだ。


「ラジアンさん⁉これは一体?」

「太古に鬼族を滅ぼしかけた災厄妖怪ティモリヴァ。鬼族に恨みを持った人間たちの屍が集まって生まれたんですが、ある一人の人間によって封印されていたんです」


 つまりラジアンはそいつの封印を解いたということで…。


「それはどうでもいいです。こいつ災厄妖怪なんですよね?ならどうして封印を解いてんですか⁉」

「ある人を誘き寄せるためですよ。私はそいつに用がありましてね」

「そんな理由で…」


 私が瞬時に刀を抜こうとすると、ラジアンはそれを制止した。


「おっと一人で戦おうだなんて無謀すぎるのでお勧めしませんよ。何せ鬼族が束になっても勝てなかった存在。だからこその災厄妖怪なんですから。奴に対抗できたのは歴史上草薙の剣を持った勇者のみ。しかしその剣も貴方が破壊した。どんな経路で草薙の剣があの赤毛少女に渡ったのかは知りませんが…あれ程の者が死ぬはずもない」


 赤毛少女、スピカの事だ。

 否それよりも、元々は草薙の剣はスピカの者ではなかったということになるんじゃ…。


『私が殺した?貴方の父が誰だか知らないけど酷い濡れ衣だわ』

『濡れ衣?御冗談を。その剣は世界に一つしかない草薙の剣。父の友人に聞いたんですよ。その剣を持った者に殺されたと』


 まさか本当にスピカが殺していない可能性が出てくるなんて…。


「貴方の探している人がここに来る可能性は?」

「100%、絶対に来るでしょうね。その人自身が奴の脅威を知っているので」

「その人を誘きだしてどうするんですか?」

「貴方に言う必要はありません。貴方たちの目的はフォージアを救うことでしょう。その目的は既に完遂されました。この妖怪は鬼族にしか敵対しないので貴方がたに危険はありません。貴方がリスクを負う必要はないんです。さ、もう一人の連れと共に下山した方がいいですよ」


 いい加減なことを抜かすラジアンに怒りが募っていく。握った拳が痛い。


「ふざけないでください。私は勇者候補です。勇者ってのは目に映る者全てを救うってもんなんですよ」

「流石は勇者の再来。私のイメージを崩させてはくれませんね。ですが貴方だけでは奴に対抗することなんて…」

「一人でなんて戦いませんよ。私には頼もしい仲間が二人もついていますので」


 そう言い残し、私はその場を後にする。

 妖気が外に放出され続けているが、私は封印魔法を使えない。

 せっかく取り戻した鬼将山の安寧をこんな一瞬で奪われてたまるか!


 ▲  △  ▲


 俺こと屈魅 狭霧はその轟音と共に強大な魔力を探知した。

 地下シェルターの方向、鬼族が祝いをしている辺りで邪悪な魔力がどんどんと膨れ上がっていく。


「⁉」


 遅れてヴァルもその気配に気づいたようでその方向に視線を移した。


「ま、まさか…」


 目に見えるほどの魔力の集まりが、竜巻のように空へと昇り空中に集まっていく。その魔力の集合体は形を整えていき…。


「グゴアァアァアァァ‼」


 やがて巨大な魔物に姿を変えた。

 前方へ楕円形に反り曲がった背骨から肋骨が開いたように幾つもの突起が出ており、その最高部には一際巨大な腕が付いた。全体が黒色で統一されたその魔物は咆哮するや否や辺りに光弾を乱射した。


「なんだあいつ?」

「ティモリヴァ…?」

「んあ?」

「間違いない、ティモリヴァだ!目覚めやがった!」


 鬼将山の上空に現れた巨大な魔物にヴァルは狼狽した。

 明らかに怯えている様子のヴァルに、俺は事態の重大さを理解し始めていた。


「なんだよそれ」

「俺が生まれる前、大昔に一月で鬼族の国を7つ壊滅させた鬼殺しの妖怪だ。魔封洞に封印されていたはずなのに、誰かが封印を解きやがった」


 なるほど、燐火が言っていた魔物とはこいつの事か。

 鬼族はカプリトミムスが苦手なだけであって決して弱いわけではない。人間よりも圧倒的な身体能力を持った種族だ。そんな鬼族の国をたった一体で壊滅させるとは物凄い力だ。


「ふむ、絶対に萃那と言い切れないのがではない悲しいところだな。…ヴァル」

「?」

「さっきの件、返答を待ってやる。その代わり手伝え。奴を片付ける」

「否、答えは出ている…俺はここまでだ」


 ヴァルは空を見上げながら言った。さっきまでの殺意はもう殆ど感じない。彼はゆっくりとその場に腰を落として、近くに落ちていた仮面を拾い上げた。


「俺はお前を殺すことに躊躇したわけじゃない。お前をもっと苦しませて殺すにはどうすればいいか考えていただけだ」


 ヴァルは持っていた仮面から手を離した。支持を失った仮面は重力に従って自由落下する。


「俺が大切な人を失ったように、お前の大切な人を殺す、そうれが俺の作戦だったのに…萃那もお前も俺に優しくなりすぎだ」


 ヴァルは肩を震わせてその言葉を絞り出した。

 俺はヴァルに何と返せばいいかわからず、その場に立ち尽くしていた。

 彼の作戦の重大な欠点に俺は気づいていたから…。

 思考の後やがて俺はその言葉を告げる。


「お前の作戦の最大のミスはな…俺の大切な人がお前自身だったってことだよ」


 ヴァルの心を楽にできるように笑って見せたつもりだが、彼にはどう見えただろうか。優しく微笑んで見えただろうか。それとも、敵が嘲笑っているように見えただろうか。それがわからないから、俺は自信なさげに目を泳がせていた。

 不意に、鬼将山の中腹でヴァルが一時離脱したことを思い出す。


「…お前さっき、下の墓石に手を合わせていたな」


 燐火に地図を見せてもらった時に確信した。あの場所から分岐しなしと辿り着けない唯一の場所。それは墓場だった。

 先ほど一人で確認しに行ったがどうやらそこはもう誰も墓参りには来ていないようで、どの墓石も苔むしていた。ただ一つを除いて…。


「見ていたのか?」

「ああ、唯一手入れがされていた墓石の名前、ロビス・サム。ロビスはお前の父親だったんだな」

「ああ」

「そして燐火が母親だ。鬼の老いる速度は人間より遅いからあの若さでも不思議じゃない」

「…子供が行方不明になったって話を燐火に聞いたのか?それで気付いたとか?」

「否、似てたんだよ」


 その言葉で察したようにヴァルは…。


「ああ、魔力」


 と言ったが、不正解だ。


「そこじゃなくて、優しい雰囲気がな」

「…どこが」


 またヴァルの反応が一瞬遅れた。肯定するのは恥ずかしいが、否定はしたくないといったところか、わかるよその気持ち。


「俺の件は伝えなかったらしいな」

「母さんには復讐なんてしてほしくなかったから」


 やっぱりヴァルは優しい。どれだけ仮面で隠そうとしたって、殺気は隠せてもその根本的な優しさは3年間一度たりとも隠せてなんかいない。


「そういうとこ。俺が過去に何をやらかしたのかはわからない。だがロビス、お前の父親はここで死んだんだろ?いいのかよ。また死人がでるぜ。今度は母親まで失いたいのか?」

「!」

「お前の回想も思い出話も、今は付き合っている暇ないんだよ。ほら、ついて来いよヴァル。お前の親友、屈魅 狭霧はここに居るぜ!」

「…」


 そう言い放って俺はティモリヴァという魔物の元に向かって走り出したが、ヴァルがついてくる気配はない。

 だが心配はしていない。あいつはきっと来てくれるだろう。心の準備期間を作ってやるのは俺の専門外なのに…。


 そうして俺は高速で走り抜け、瞬時に萃那と合流する。


「萃那!」

「狭霧さん!ヴァネットさんは?」

「直に来る。それまでは俺たちでやるぞ」

「はい。鬼族の皆さんは避難させました」


 流石だ。頭は悪くても機転の利かせ方だけは上手い。自分が何をするべきかわかっている。


「賢明な判断だ。奴は鬼族を嫌っているらしいからな。ところで疑っているわけではないんだけど…」

「はい?」


 俺は苦笑いを浮かべながら…。


「お前こいつの封印解いた?」

「疑っているじゃないですか!私じゃなくラジアンさんですよ!」

「ラジアン?何故あいつが…」


 心外です、と頬を膨らませる萃那。

 ラジアンか。胡散臭い奴だとは思っていたが何を考えているのやら。


「詳細は後程、先に奴を倒しましょう」

「おう」


 そうして俺たちはティモリヴァに近づくために走り出す。鬼将山の七天塔からならば容易にその身体に攻撃を届かせられるだろう。


「奴には通常攻撃は効かないようです。唯一奴に対抗できるのは草薙の剣」

「スピカの剣じゃねぇか」

「はい。私が叩き割ったやつです」

「おい」

「大丈夫です。草薙の剣で対抗できたのなら、その剣を折った私の刀でも問題なしです!」


 そういって自信ありげに笑って見せる萃那を横目に俺たちは七天塔を上っていく。その間もティモリヴァは構わず光弾を乱射し続けている。


「久々に外に出れた。鬼族よ。今度こそ葬り去ってやろうか!」


 どすの利いた低い声がティモリヴァから放たれる。どうやら言語を喋ることができるらしい。

 やがて七天塔最上部まで上り詰めた俺たちは、そこからティモリヴァ目掛けて跳躍した。


「⁉」


 それに奴も気づいたようで、瞬時にこちらに光弾を放ってくるが俺はその全てを弾き返す。


「ほう」

「ルナソル破戒【天羽久斬り】」


 萃那の高速8連撃がティモリヴァの頭部に炸裂した。奴は防御態勢すらとれていないので完璧に決まったはずだ。

 それを確認した俺は空中で、体制を崩した萃那を抱えて着地する。


「格好いいでしょう」


 自慢げに胸を張る萃那に俺はハイハイと蚊来る志津血を打つ。

 しかしこりゃ困ったなぁ。俺たちはティモリヴァを見上げて…。


「あまり応えてなさそうじゃないか」


 ティモリヴァは俺たちを見下ろしてニヤリと笑っていた。天羽久斬り、あのSDのスピカを追い詰めた攻撃が、一切効かない。

 なるほどあれは攻撃を避けられなかったわけではなく、避ける必要もないと判断されたのか。


「邪魔をするな。人間。鬼族はどこに行った?奴らを叩き潰してやる」

 また、俺たちは敵とすら認識されていない。ティモリヴァにとってはただの邪魔ものなんだ。


「させるかよ」


 俺がそう言うとティモリヴァは呆れた様子で溜息をついた。そして次の瞬間、地面を思いっきり叩く。


「おあっ!」

「狭霧さん!」


 直接攻撃されたわけではないが、その威力故の衝撃波で俺の身体は上空に飛ばされる。空中で身動きが取れない中、俺に向って光弾が発射された。俺はその光弾を先ほど同様にナイフで弾いて、その瞬間その光弾が爆発した。


「ぐっ⁉」


 こいつ実力だけじゃない。しっかりと戦闘に機転が利く。俺がナイフで光弾を弾いているのを見て、それを利用したんだ。しかも俺が死なない程度の威力で。

 俺の身体はそのまま自由落下し地面に激突するかと思ったが、俺は誰かに受け止められていた。

 ああ、そうか萃那が。そう思って視線を上げると…。


「…遅くなった」


 俺の事を受け止めていたのはヴァルだった。


「…ほら、やっぱり」


 お前は優しいんだよ。ヴァル。


「狭霧さん、大丈夫ですか」

「ああ」


 俺がヴァルから降りると同時に萃那がこちらに駆け寄ってくる。


「萃那、奴の弱点は背骨だ。そこを破壊すれば多少なりともダメージを入れられる」


 この妙な詳しいさも彼が鬼族だからこその知識なのだろう。

 萃那は奴の背骨を確認し、わかりましたと刀を構える・


「俺が囮になるから。狭霧は萃那の援護に回ってくれ」


 そんな事を言うヴァルに萃那は疑問符を浮かべた。


「ですがヴァネットさん。奴は鬼族以外にはあまり関心がないらしいですが」

「狭霧なら意味がわかるよな」

「当然だ」


 ヴァルが鬼族だということを萃那は知らない。だからこそ彼女は…。


「え、私は?」


 と、俺たちの事を交互に見る。


「馬鹿にはわからない会話さ」

「なんだ、良かった。馬鹿にわからないなら私がわからなくても仕方ないですね」

「…そうだな」


 良かった。いつも通りだ。


「よし!それじゃ二人とも、いっちょ、鬼将山を救いに行こうかい!」

「おう!」

「はい!」


 そうして俺たちは一斉に走り出す。


「お、見つけたぞ。死ねぇ!」


 ヴァルを視界に入れたティモリヴァは一目で彼の正体が鬼族だということを見極めたらしい。攻撃をヴァルに集中させる。


「ヴァネット!」

「行け!」


 ティモリヴァの後方までやってきた俺たちは、燐火を空に飛ばしたように、俺が踏み台となって萃那を打ち上げる。


「萃那!」


 萃那の高速の踏み込みに組んだ手が悲鳴を上げるが、今はそれを我慢し萃那の動向を追う。

 ティモリヴァの背骨辺りまで飛び上がった萃那は刀を構え…。


「ルナソル破戒【白楓紅桜夢はくふうこうろうむ】」


 その斬撃を叩き込んだ。


「グゴアアアアァ‼」


 直後、ティモリヴァが悲鳴を上げる。倒すには至っていないが、確実に今の攻撃は奴に効いたのであろう。背中を擦っては咆哮する。

 俺は自由落下してくる萃那を受け止める。


「ありがとうございます」

「まだ礼は早いぜ」


 萃那を降ろし、次の攻撃を準備する。

 その瞬間、俺はその僅かな気配を察知した。後方、茂みの中この魔力はラジアン⁉狙いは萃那か⁉

 ティモリヴァとの戦闘に集中していたせいで周りの警戒をしていなかった。

 萃那はラジアンには全く気付いていない。


「さようなら。萃那さん」

「萃那!」


 気づけば俺の身体は走り出していた。萃那の身体を押し倒し、ラジアンの射線から少しでもずらす。

 その瞬間、ラジアンから光線が放たれ…。

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