才と彩と罪と幼馴染と

Rivers

始まりの日①

響くブレーキの音

流れる血の赤

どこからか聞こえる悲鳴

『こー…』

泣き崩れる女の子

『…くん!』

何かしなくちゃという思いに反して身体は動かず

『こーくん!!』

ただただ立ち尽くすしかなかったんだ……

……


「起きて!遅刻するよ!入学式から遅刻とかありえないよ!!」

激しい揺さぶりとともにかけられる呼び声に目を覚ます。

どうやら作業中に寝落ちしていたらしい。椅子で寝たからか嫌な夢を見ていた気がする……。

まだ寝ぼけた頭でぼーっと考えているとくりっとして赤みのある瞳が覗き込んできた。

「おはよう…ひまり」

くりっとした瞳に明るめの茶髪をサイドテールにした身長低めの元気系少女、幼馴染の彩瀬ひまりだ。

反応がないことを心配して起こしに来てくれたみたいだ。

「何度電話しても繋がらないから来てみたらまた椅子で寝てるし!身体壊すよって言ってるじゃん!」

ひまりはキッと睨むようにして声をあげる。

「はい…以後気をつけます…」

正直何度か言われている気がするがこう答えるしかない。

「それ前も聞いたからね?」

前も同じように答えていたらしい、返す言葉もないとはまさにこのこと。

ひまりは呆れた顔を見せると「朝ごはんできてるから」と言い残しリビングへと降りて行った。


「作業通話もつけっぱなしじゃん……」

通話部屋にきていたアズさんが反応ないのを訝しんでいた形跡がある。

アズさんは自分がよく参加するクリエイターが集まるサーバーの作業通話部屋によく現れる人だ。聞き専であるため音声ではなくチャットで発信している。話を聞くと小説を書いている人みたいだ。

(アズさんはまだ通話部屋にいるみたいだけど今のやりとりへの反応もないし『朝早いから寝る』というログが残っているから抜け忘れたまま寝たっぽいな……。)

もし聞かれてたら恥ずかしくて死ぬところだ、本当に危なかった。

作業中のイラストを保存しパソコンの電源を落とすとリビングからひまりが呼ぶ声が聞こえた。

しまった、結構待たせてしまった。眠気が残る頭を軽く振り、ひまりの元へと急ぐのだった。


リビングに来るのが遅かったからか、食卓について朝食を食べ始めてもひまりの怒りは収まっていないようだ。

「ホント、身体には気をつけてよね。こーくんに何かあったらおじさんになんて詫びればいいか」

ひまりの言うおじさんとは俺の父親のことだ、3年前に事故で他界している。

母親は俺を産んだ際に亡くなっているので現在俺は両親が遺した家に一人暮らしだ。

後見人は叔父となっており、相続関係の手続きなどは叔父夫婦がやってくれた上にこの土地を離れたくない俺の気持ちを組んで家を残してくれた。

とはいえ「父に世話になった恩返しがしたい、せめて遺された俺の生活の補助をしたい。」という彩瀬家の意向がなかったら俺がこの家に残るという選択肢は取られなかっただろう。

(とはいえ、作業していると気がついたら寝てしまうんだよなぁ。)

そんな言い訳を心の中でしているとひまりがジト目になる。

「……気をつけてもいつの間にか寝ちゃうんだよなーとか思ってるでしょ?」

完全にお見通しだった。エスパーかな?

「もう!しょうがないなぁ……あまりにひどかったら最終手段を取るからね?」

寝落ちを防ぐ最終手段となると生活をともにするレベルのわりとろくでもないことしか思いつかなかったので一応聞いてみる。

「ひまりさん?最終手段って何?初耳なんですが」

数回目を泳がせたあと顔を真っ赤にしてひまりは言う。

「…………こーくんが寝るまで一緒にいる……」

ろくでもないことだった。俺も顔が熱くなるのを感じ天を仰ぐ。

「恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」

「恥ずかしくないと脅しにならないでしょ……」

さいですか。


そんなこんなで朝食を食べ終わり、高校の制服に袖を通す。

俺が準備し終えた頃にひまりは椅子から立ち上がりながら言う。

「準備できたらおじさんとおばさんに挨拶してさっさと学校いこ、本当に遅れちゃうよ」

「だな。……いつもありがとな」

普段から礼は欠かしていないつもりだが、高校入学という節目を迎えて改めて言いたくなった。

「……おじさんからの頼みだし、なにより好きでやってるの」

そう言いながら仏間へと早足であるくひまり。ちらっと見えた耳は赤くなっていたように見えた。

家を出る前に二人で仏壇に手を合わせる。


両親への報告と挨拶を済ませると、閉じていた目を開きひまりへと目を向ける。

朝日が差し込む仏間の中で、真新しい制服に身を包み手を合わせるひまりの横顔がやたら綺麗に見えた。

「さ、いくか」

「だね、遅刻しないように少し急がないと」

「「いってきます」」

そう言って玄関をあけると新しい生活を祝福するかのような晴天が出迎えてくれた。

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