人類最強、迷宮を征く
あじたま
未知を拓く者
第1話 依頼
───……地下深く、最早生命の芽吹かぬ、星の最奥にてその男は繋がれていた。
男の周囲には冷気が漂い、只でさえ鎖で動けぬ男の身体を更に鈍く錆び付かせている。
ここは、
世界最悪の囚人のみを管理する世界で最も堅牢な牢獄……その、八つある独房の内の一つ。
そんな場所に、久方ぶりに光が差した。
ギィィィィ
耳障りな重低音に顔をしかめ、その男は目を覚ます。
「おはようございます。……と言っても、貴方に昼夜の感覚は無いでしょうが」
幾年ぶりの光は目に優しくない。
逆光で顔は見えないが、声から女なのだろうと推測した。
「…ァア……おはよう…俺に、なんのようだ……女」
これまた幾年ぶりの発音である。
これだけまともに発音できた事が奇跡に近いのかも知れないが、なんとも情けない第一声だ。
男はそう自嘲した。
「さる御方からの依頼です。…元
その言葉を聞いて、男は乾いた笑いが出た。
「ハッ……何だ…相当情報が遅れてんのかァ……そのさる御方ってのはよ…俺がその名を剥奪されたのは、最低でも三年前だ」
三年。
ここに入れられてからの年数…というより、ここに入れられてから刹那が数えるのを諦めるまでの年数だ。
「残念、貴方がここに入られてから、十年程経過しておりますよ」
「えっ……マジ、かよ…」
中々にショックである。
休日に寝て起きたら16時だった……みたいな。
「だが、それにしても……無理だろ。俺の地位を剥奪したのは…評議会の、議長……この世界における最高権力者だったと…記憶してるが……今は、違うのか?」
迷宮評議会…資源の殆どを迷宮由来のものに頼る現代において、例え大国であろうとも顔色を伺わなければならない存在。
……だったはずだ。
「…いいえ、それは今も同様です」
「なら…俺への依頼なんざ……奴らの不興を買う事にしかならねぇぞ……」
第一、受けたとしても、ここから出してくれるとは……いや、待て…この女、何故平然と面会しているのか。
(大国の国家元首ですら面会も許されていないはずだ……なら、どうやってこの女はここにいる……)
「遅くなりましたが
昔馴染みの名前が聞こえた。
「……レイ…?あいつ、議長になったのか…」
「新議長の依頼なら…まぁ、無碍には出来ねぇなァ……いいぜ、依頼内容と報酬を言えよ、話はそれからだ」
一瞬、肝っ玉が飛び出るような殺気が此方に向くが、お構い無しに
「……貴方への依頼は、
ガツン、と頭を殴られたかのような衝撃に襲われる。
「……ハァ?……深淵城塞、だァ……いや……レイからの依頼ってんなら……チッ」
酷く困惑した様子の刹那は、思考を切り替えるように舌打ちをする。
「……おい、レーネつったか……確か何だろうな……
レーネは、少しだけ後退りをした。
まるで、嘘ならば殺すと言わんばかりの眼光に、気後れしたのだ。
生殺与奪は、レーネが握っているにも関わらず。
「…はい、まだ、未公開の情報ではありますが」
絞り出すように、そう答えると、途端に重圧が消える。
「そうか、なら良い。……引き受けよう、その依頼」
そうして、
◆◆◆
「随分変わったもんなァ…外もよ」
その後、直ぐに釈放された刹那は、レーネと評議会本部へ向かっていた。
「しかしよ、お前ら危険な囚人運ぶってのに無用心過ぎない?手枷も無し?」
ちょっと心配になるレベルである。
「ご心配なく。貴方が比較的大人しく、面倒ごとを嫌う
「随分な自信だね」
そんな煽りは気にせず、レーネは此方をまじまじと見た。
「ちょっ、何」
「……ですが、その格好は問題ですね。目立ちます」
それはお前のせいもあるだろう。
そう思ったが口にしない。
髪の毛や髭が延び放題の囚人服と超絶美人シスター剣士が歩いてたら俺だって五度見する。
あぁ、そうそう。
レーネの容姿は控えめに言ってかなりの美人だ。
金髪碧眼のシスター……ついでに腰に
俺の見間違いじゃなきゃ…聖剣だ。
まぁ、十中八九…聖典教の
それも、勇者級の。
(レイの奴が重宝してんのも頷けるな)
「少し寄り道をしましょう。あの店に入ります」
「え?おい、何で…あぁ……なるほどね」
レーネが足を向けた先は、美容室だった。
……待つこと1時間。
ようやく俺は散髪から解放された。
「次です。行きますよ」
「えっ……支払い」
「済ませておきました」
情けねぇ…
「申し訳ねェ」
そして、次は服屋に訪れた。
「お客様、大変お似合いです!」
そんな店員の声とは裏腹に、何が気にくわないのか、レーネさんは別の服をコーディネートしていた。
「ふむ…これで良いでしょう。店員さん、今まで試着していた物、全て買います」
「は!?」
思わず、すっとんきょうな声が出た。
「お買い上げ、ありがとうございます!」
いやいやいや
「全て買う必要は無いだろう!?」
「趣味です。それと、これから必要になるでしょう。受け取りなさい」
しゅ、趣味ィ?
分からん奴もいるもんだ。
(俺も趣味については人の事言えない…か?)
いやでもやっぱこいつおかしいって。
「さて、それでは向かいましょう。外に迎えを待たせてあります」
「アァ……良いけどよ…いや良いんだけどよ…お前…金の使い方考えた方が良いぜ」
その心配と呆れが混ざった声に、レーネはキッパリと返答した。
「ご心配なく、経費です」
…………
……
…
車で移動する事一時間弱。
国会議事堂レベル100みたいな建物の前に刹那達は立っていた。
「おいおい、俺が知ってんのはここまでデカく無かったぞ…」
記憶の中の評議会本部と、目の前の評議会本部はかなりかけ離れている。
「十年も経過しましたから。変わっていて当然でしょう」
何度目かになる進歩した外界への感嘆を、レーネは冷たくあしらうと、目の前の石板へと触れた。
『確認しました。
対象:レーネ・グラウディア
権限:代理議長
階級:特S
お帰りなさいませ、レーネ・グラウディア様』
妙な機械音が流暢にしゃべる。
「ハイテクって奴だァ」
「議長閣下にお繋ぎして下さい。【剣帝】を連れて参りました」
『要求承認……
「良く戻ってくれたわ、レーネ。彼に変わってくれる?」
「はっ」
女の声が石板から聞こえて、レーネはそれにかしずくように下がる。
「あぁ…レイで良いのか?なんか声変わった?」
恐らく……まぁほぼ確実に状況的に通話の相手はルナアリア・ソレイユなのだろうが、自身の知る彼女と、声から感じられる雰囲気が随分と変わっている。
「それはそうですよ、先生。もう十年経ちました。私、今年で23ですよ?変わりますって」
俺と彼女の関係を簡単に言い表すなら、元
彼女が……まだ10の時だったか?
類いまれな神聖術の才能を見込まれ、聖典教の聖女として俺たちのパーティに加入したのが初対面だったか。
それから彼女は他のパーティメンバーの事を「先生」と呼び慕い、一年ほど共に探索をした後に聖女としての本格的な修行が始まることで脱退した。
それから会っていないので、実に12年ぶりの再会だ。
「積もる話もありますが、先ずは依頼の話を。先生、その魔法陣に乗ってください。私の所へ転移できます」
「分かった」
刹那が転移陣に乗ると、転移陣は光を発し、光は刹那を包んでいく。
「それでは、また」
レーネが意味ありげにそう言うと、刹那の視界は白い大理石に囲まれた場所へと切り替わる。
「ここが───いや、その…なんだ……随分と……うん、イメチェンしたな…レイ」
そう言うと、その場所の中心にある大理石の柱に埋め込まれたカプセルのようなものに入っているルナアリア・ソレイユを見た。
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